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引っ越してきた当初、広さの割に荷物が少なく、あまりに殺風景な印象の部屋だったため買い求めた観葉植物は、二年間のうちに葉数が増え、新しい芽が出たり古い葉が枯れたりしながら、ふたまわりほど大きく成長している。
「あれ。嵐くん来てたんだ」
「おかえり」
「ただいま。嵐くんもおかえり、いつこっちに戻ってきたの?」
「昼過ぎに。お土産、生ものだから持ってきた」
「ええー、わざわざありがとう」
「冷蔵庫いれてるから」
「なに買ってきてくれたの?」
「明太子」
「ほんとう? だいすき」
「だと思って、買ってきた」
水やりを終えた嵐がやってくる。手のひらが私の頭に触れ、髪の毛流れに沿って滑り動く。頬をつつんで持ち上げる。
目と目が合う、薄い唇がかすかに開かれ、紡がれようとする言葉に先回りして、私は嵐が訊きたいことを答えてやることにする。
「菫ちゃん、元気だった」
「そう」
やっぱり、菫の「そう」とそっくりだ。ふたりの、そういうところが。羨ましくて、不快だ。何年経っても。
「桜色のワンピース着て、朔郎さんからプレゼントされた新しい指輪してた。よく似合ってたよ」
高校を卒業して以来、嵐と菫はいちども会っていない。電話やメッセージで言葉を交わしたことすらない。
でも嵐は、会わないあいだの菫の八年間のことを、よく把握している。私が話して聞かせてきたからだ。どんな大学生活を送っていたのか。就職活動のとき何を考えていたのか。現在の仕事はどんなことをやっているのか。
それに、朔郎さんという恋人がいることも。その彼との馴れ初めも。すべて。
嵐はなにも言わない。言葉のかわりに私を乱暴に引き寄せて、食むように唇を重ねた。
きっと菫のことをおもいながら。
菫のことをおもって私に触れるとき、嵐はひときわ甘くなる。
甘い瞳に求められると自分が愛されていると錯覚した。
嫌われてはいないと思う。情もあると思う。心を許されていると思う。
恋人として大事にされているのも、同棲してもいいくらいには一緒にいたいと思われているのも、おそらくはぜんぶ、私の独りよがりな勘違いではなく純然たる事実だ。
でも、嵐は私を愛しているわけではない。
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