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彼の蔵書には、書店の一番目立つ場所に平積みにされているような流行りの新刊もあれば、古い時代に書かれ現在もその価値を評価されている名作もある。日本だけでなく海外の作品も数多い。
私はよく、その本棚から適当な小説をとって読んでいる。
高校生の頃までの私は読書とはまったくの無縁だった。近所の区立図書館に足繁く通っていたけれど、目的はもっぱら勉強するためでしかなかったのだ。
だから、軽い気持ちで手に取った本が戦前に書かれたものだったりすると読みづらくて仕方がなかったけれど、一度選んだ本は意地になって必ず読んでいる。私にとってどんなに難解な作品であったとしても、朔郎さんが好んで集めた蔵書の一片だと思えば途端に親しみがわいてきて、最後まで読み進めることができる。
そうやっていつの間にか、私はよく読書をするようになった。
彼をこころを構成する、彼のすきな本をなぞって読んでいれば、それが私の血肉と混ざり合い、私も彼のように芯から優しい人間になれる気がした。そうであればいいと願った。
洗濯乾燥機のアラームが鳴り、読んでいる途中の文庫本を閉じる。
数か月前に買い換えたばかりのドラム式洗濯乾燥機のなかで、シャツ、肌着、バスタオル、そして洗剤の香りが温められてふっくらとふくらんでいる。バスタオルなどはあたかかいうえに手触りがよく、触れていて気持ち良い。思わず顔を埋めたくなるほど。しっかり乾燥まで終わらせた洗濯物を籠に取り出し、リビングのソファに座って畳みはじめる。
朔郎さんが、そんな私のすがたを見つけて「ありがとう」と、少し疲れた笑みを見せた。彼は書斎で、持ち帰ってきた仕事をしている。かなり忙しいらしい。
仕事人間である彼は、職場でも自宅でも、昼も夜もなく働いていることが多い。どうしても仕事のほうに夢中になって、家事全般に手が回らなくなることがたびたびある。
どうやら彼は、部屋に埃が溜まっていても、汚れた衣類が脱衣所の隅で雪崩を起こしていても、ある程度は平気な人種らしい。
だから見かねた私が時おり家事を代行する。
「菫ちゃんがいてくれて、助かるなあ」
私の隣に腰かけて、朔郎さんは優しい目許をさらに優しく細める。
「家事をやってくれるのはもちろんだけど、こうやってひと息吐きたいときに菫ちゃんがいると、なんだかすごく安らぎます」
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