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だから、私の容姿はもともとの顔だちや身体つきとは別の意味で世間の目を引いて、特に同じ職場の女性社員にとっては、あまり見ていて気持ちの良いものではないらしい。
たいした給料ももらっていないのにいつもブランドものの服や小物で着飾っていられるのは、金持ちの彼氏に散々貢がせているから。なんて、ほとんど正解な噂話が社内で周知の事実になってすでに久しい。
「あー、紅谷さん、そのバッグ今シーズンの新作ですかぁ? いいなぁ、私も彼におねだりしてみたんですけどー、そのブランドはさすがに高すぎる無理だって言われちゃってー、いいなぁ、紅谷さん、たくさん買ってもらえて」
唐突に話しかけられ、目を丸くした。いつもは話しかけてこない向かいの席の女性社員のひとりだった。もうひとりは、そういえば朝から姿が見えない。有給休暇だろうか。
驚く私に構わず、彼女は話し続ける。常に男性の視線を意識したような、鼻から抜ける甘ったるい声、間延びした口調。
「紅谷さんの彼氏って、どんな人なんですか? 相当稼いでますよね、だいぶ年上でしょー。もしかしてどこかのお偉いさん? え、パパ活? 紅谷さん綺麗ですもんねぇ、」
「いや……同い年の、幼馴染なんですけど」
「うそぉ、すごいですね、20代でどんだけ稼いでるんですか。住んでるのも、麻布台でしょ?」
「家は、彼の実家が所有している不動産らしくて……彼自身は、ごく普通の会社員ですけど……」
ほとんど話したこともないこの人が、どうして私の住んでいる場所を知っているのだろう。住所どころか最寄り駅の名前すら、話したことはないのに。
集団というものは不可思議だ。誰にも打ち明けていない秘密を当然のように皆が知っていたり、逆に誰かに知っていて欲しいことを打ち明けても、それをわかってくれる相手がひとりもいなかったりする。
「ふぅん。金持ちのおぼっちゃんと幼馴染でそのまま付き合って、同棲かあ。人生楽でいいですねぇ」
棘を隠そうとしない言い方に、心の底がざらつく。
「私だったらさっさと結婚して退職しちゃうけどなぁ。ぶっちゃけ、こんなところで働く意味なくないですか? 働かなくても良い生活できるじゃないですかー」
「それは……」
反論しかけて、でも、何を言っても無駄だと気づいた。
彼女のピンクベージュの口紅を引いた唇が意地悪く歪んでいた。
「お手洗い行ってきます」と席を立つ。
ヒールのかかとをできるだけ鳴らさないように、できるだけ早く歩いた。
一刻も早くその場から離れたかった。
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