22歳

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 はじめて入った部屋はどこも真新しい匂いがした。港区のタワーマンション、39階。  鴇田律名義の新居が、就職祝いという名目で与えられたということはすでに聞き及んでいた。この立地、この等級のマンションを普通に買うといくらするのか、なんて一瞬考えてすぐにやめる。  成人祝いには株と別荘、誕生日には高級車、なんでもない日でも高級腕時計。それらにかけられる金額の価値は、幼い子供が折り紙を長方形に切りとって、ゼロを思い切りよく書き並べて作ったおもちゃの紙幣のように軽い。その軽さを知っているからこそ、律自身はさしたる感慨もなく当たり前に、「高級」という枕詞のつくプレゼントたちを受け取るのだ。  私と律は、残りわずかとなった大学生としての春休みのある日、その新居にはじめて足を踏み入れた。  大学卒業したら一緒に暮らそうなんて、約束していたわけではなかった。けれど律はさも当然の顔をして自分名義のマンションに麻乃の部屋を用意し、リビングに置くソファの色まで決めさせた。寝室はひとつで、真ん中にキングサイズのベッド。縦よりも横の辺のほうが長いベッドが存在することをはじめて知った。 「なんだか新婚みたいな部屋だよね」  なんて、広すぎるベッドに腰掛けて律は子供のように無邪気に笑った。ふたつ重なったマットレスの弾力も、白いシーツの肌触りも、新婚みたいな部屋もすべて、お気に入りの玩具か何かのように。 「いっそこのまま結婚しちゃおうか」  悪戯っぽく目を細めて、悪戯に口ずさむ、その言葉が、けっして冗談ではないことを私は知っている。  当たり前のように贈与された高級マンションではじめる生活は当たり前のように律と麻乃のふたりのもので、ふたりだけのもので、ふたりの生活の先には結婚というものがあって、でも別に家族になりたいとか子供が欲しいとかではなく、律は私を、書類上、法律上、自分のものにしたいだけなのだと、気づかないわけがなかった。  三月の昼日中。柔らかな陽光が大きな窓から多量に降り注ぎ、真っ白なベッドに幾筋にもなって届いている。  何も言わずにいると、唐突に手首を掴まれ、引き寄せられる。バランスを崩した身体を支えられ、結果、私は彼の膝の上にまたがって、正面から抱き合う一歩手前のような姿勢になる。下になった彼はそのまま両腕で私の腰を抱き寄せた。頭はちょうど胸の位置にあるから、視線を合わせると、上目遣いの彼と見下ろす私という構図になる。
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