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いつもより甘く響く声が、ふたたび口ずさんだ。
「あさちゃん。結婚しようか」
「そういうことは、夜景の見えるレストランとかで言うんじゃないの」
「指輪もいる?」
「当たり前」
「そっか。じゃあ、あとで指輪選びに行こうね」
と、眼前の胸に顔を埋め、そうかと思えば聞こえてくる、押し殺したような笑い声。
「プロポーズとかどうでもいいって言うと思ってた」
「私がどうでもよくても、律にどうでもよくされるのは、いや」
なんて。
言ってみるけど、本当は彼の言う通り、プロポーズなんて、どんな形だって、なんだって構わない。指輪だってどんなものでもいい。むしろなくていい。
律はそれを正しく理解している。だからこその、ふと思いついたかのような求婚なのだ。
私がプロポーズや結婚指輪に夢見る性質だったら、きっと想像もつかないようなロマンチックな方法で、それを与えてくれただろう。
でも私は、プロポーズも指輪も、欲しくない。
私はまだ、律が用意する檻の中に完全に囚われるわけにはいかなかった。
結局、そのタイミングでの指輪も結婚も固辞した。
律もかなり食い下がったけれど、「結婚したら、律は大勢の人を集めて盛大に結婚披露宴を催さないといけなくなる。けれど、新入社員同士の男女でそんな豪華な結婚式をするのは、周りからするとけっして気持ちの良いものではなく、あまりにも悪目立ちしてしまう。私としては、せっかく就職活動をがんばって入った会社で変に居づらくなったり、結婚のためにすぐ退職することになってしまうのは嫌だ」という趣旨のことを伝えたら納得してくれた。
律は、祖父が会長、父親が役員を務める大きな会社に勤めることになっている。最初はあくまでも普通の新入社員かもしれないけれど、会長の孫で役員の息子だということは社内ではすぐに周知の事実になるはずだし、数年もすれば一般の社員では想像もつかないようなスピード出世で、大層な肩書きを背負うことになるのかもしれない。
律の一族は、簡単に言ってしまえば桁外れの名家で、会社も不動産も財貨も名誉も何でも持っていて、だからこそのしがらみなどもあるようだった。
律も、自身の結婚に伴って発生する様々なものごとに想像を巡らせて、面倒になったらしい。
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