104人が本棚に入れています
本棚に追加
ホットドリンクをテイクアウトし、紙カップを両手に包んで暖をとりつつ、ちびちびと口に運びながら歩く復路。その途中、ちょうど外回りから帰ってきた赤羽さんと遭遇した。
「おつかれさまです。コーヒーブレイクですか」
「はい。外回り、おつかれさまです。ちょっと寒くなってきましたね」
「まあ。でも俺は、汗ばむより全然いいですよ。汗っかきだから、夏はシャツに汗染みがないかってどきどきしてるんです」
「営業職としては気になりますね」
彼が笑うから、私もつられて少し笑う。
「そこのコーヒー、俺もすきです。何買ったの?」
「キャラメルマキアートを。甘くて、ミルクが濃厚で、疲れたときに効くんです」
「へえ。飲んだことないな。ひと口、いいですか」
私が答えるより先に、カップを包んだ手をそのまま包みこまれ、彼の口元まで持っていかれる。大きな男の手はひやりと冷たくて、その冷たさに、どくんと心臓が跳ねた。
「本当だ。甘い」
と、赤羽さんは顔を顰めた。
「甘いもの、ダメでしたか」
「いえ、多少は平気なんですけど。ちょっと許容範囲超えた甘さでした」
「だから、甘いって言ったでしょう。何でわざわざ飲むんですか」
そう言うと、彼の眼差しから溢れる光の色が変わる。
「紅谷さんがすきなもの、知りたいなって思って」
この目を、その意味を、私は知っている。
「そうだ、今度飲みにいきませんか。いい店見つけたんです」
「あ……私は……」
「彼氏さんに怒られちゃいます?」
いつか聞いた言葉。はじめて一緒にランチに行った日。
あの日とちがって何の冗談も含まれていない真面目な声音に、また、心臓が鳴った。
「紅谷さん、彼氏いるんですよね」
「まあ。一応」
「一応ってなんですか。もしかして、うまく行ってないとか?」
「それは……どうなんでしょうか。うまく行くとかいかないとか。そんなこと、考えたこと、ないです」
「へえ。珍しい」
「そうですか」
「もしかして、来るもの拒まず去るもの追わずって感じですか。紅谷さん」
「え? それも、考えたことないけど……違うとは……」
答えを紡ぎながら首をひねる。
最近彼といると、自分自身の胸の内を少しずつ紐解いているような気分になる。彼が、私の考えていることや気持ちを知りたがるから。
「ちなみに俺は、気になっちゃったら、相手に恋人がいるいないに関わらず突っ走りたくなるタイプです」
最初のコメントを投稿しよう!