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シャワーを浴び終えて、またガウンを着てダイニングに向かうと、テーブルにはできたての朝食たちが整然と並んでいる。美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐって、急に空腹感がやってくる。
この部屋を我が城とする王子様は、朝食の時だけコックと執事を兼ねている。
律がダイニングテーブルの椅子を引くので礼を言いながら座る。おままごとのようだ。
休日はブランチをするのが慣例になっていた。いつもより遅く起きて、わずか残った午前中の時間をたっぷりかけての、ふたりきりの食事。
その時間。律はひと口ひと口、私に料理を食べさせることがよくある。まるで文鳥に手ずから餌をやるように。
先の丸いスプーンで枝豆のポタージュをすくい、私の顔の前に持ってくる。そっと口を開くと、スプーンが下唇に触れながら滑り込み、舌のうえに滑らかな液体が落とされる。それを舌先で味わては、ごくりと飲み下す。一連の様子を、律は頬杖をついて観察している。
何が面白いんだろうと思う。
でも、それを続けていると、私の食べるもの、血となり骨となり肉となりエネルギーになるものはすべて、律の手で与えられるものでなければいけないような気がしてくる。
与えられる食物に慣れきってしまった動物は、自分で餌をとることを忘れるのだという。どこかで耳にしたその話が、戯れの食事のあいだ、ずっと脳内を占拠している。
私は、律が行っている悪趣味な社会実験の治験者になっているような気さえしてくる。
その日の午後、出かけたのは、小さなアクセサリーショップだった。
マンションからさほど遠くない位置にあり、つまり都心の一等地にあるということなのだけれど、両隣の高層ビルに肩を縮こまらせながらひっそり佇んでいるような、3階建てのこじんまりした建物の1階。2階は喫茶店で、3階は空室らしい。
いかにも個人経営の、敷地面積の狭い店。深い色の木材をアクセントにした、レトロな内装の店内には、繊細なデザインのシルバーのネックレスやリングが並んでいる。
買い物と言えば、財布も持たずに高級ブランドのきらきらしい店内に颯爽と入っていき、VIPスペースへと通されることが常の律が、こんな店にいることにひどい違和感を覚える。
奥に進むと、30代半ばと思われる線の細い男性が立っていた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
と、男性は丁寧にお辞儀をして、背後の扉を開き、さらに奥まで案内してくれる。そこは磨りガラスの窓と四人がけのテーブルがあるだけのささやかな空間だった。古い木造りの四角いテーブルの片側に、わたしと律は並んで腰掛けた。
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