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「なにするの?」
問えば、さらりと「指輪を」という答えが返ってくる。
「2年半経つし。そろそろかなって」
私は言葉を失った。
適当な理由をつけて、宥めすかして手に入れた3年の猶予は、気づけば残り僅かになっていたことを、唐突に実感させられる。
先程の男性が目の前に座り、私たちにいろんな質問を投げかける。
私は、「はい」「いいえ」で返答可能な問いくらいにしかわからず、ほとんど律が回答した。
結婚指輪。
彼にしてみれば、ここまでずいぶん待ったのだ、という感じだろう。
でも何故この店なのかと、店主であるらしい男性が席を離れた隙に尋ねると、
「ハリーウィンストンとかカルティエとかのほうがよかった? こういうほうが、常に身につけておくものなら、あさちゃんは好みなんじゃないの」
そのとおりだ。
普段はむしろ、ハリーウィンストンやカルティエをさらりと用意しているくせに。
私自身よりも指輪の価値のほうが高いような高級品ではなさそうな分ほっとしたけれど、だからといって、自分たち、というよりほとんど律の好みに合わせて一から作られる指輪に、気持ちは盛り上がるよりも、重く沈んでいく。できあがった指輪を、嵌められたら。
律は私とは正反対に、誰の目にもわかるほど愉しげで、嬉しそうで。
最愛の麻乃に見せる表情はいつだってどろどろに甘いばかりだけれど、よりいっそうに。
「……なんて。実はここ、元は母の友人が営んでいた店なんだ。母たちもここで指輪を作ったことがあるって聞いてたから、指輪を買うならここしかないって思ってたんだよ」
律の母のぼんやりしたイメージが頭に浮かんだ。彼の母は10年前、彼が海の向こうのパブリックスクールに在学中に亡くなっている。
「はい。由加さん——律さんのお母さま——と先代の店主である僕の母は高校時代の友人だったんです。卒業してからもずっと仲が良く、私も学生の頃、由加さん、そして留学前の律さんにお会いしたことがありました」
いつの間にか戻っていた店主が、律の言葉の続きを紡ぐように柔和な笑みで打ち明けた。訊けば、店主のその男性は長年、母と共に店を切り盛りしていたが、1年前に先代が病気で亡くなってからはずっとひとりで店をやっているのだという。
そこまで話して店主はやっと、20年弱の時を経て再会した律に対して、懐かしさと喜びの表情を色濃くする。律に対してだけでなく、隣に並ぶ私に対しても。
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