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それから今に至るまでの間に、私は大して頑張らなかった就職活動と大した感慨もなかった大学卒業を経て、社会人になって、たまに資格の勉強をして、髪がのびては同じ髪型に整え直してを繰り返しながら、年間240日働いている。
西新宿のオフィス街。競うように林立する高層ビル群。歪みなく舗装された区画では街路樹の緑すらつくりものめいている。しばらく歩けば、スーパーの特売チラシみたいに安っぽい看板が並ぶ大通りや、下水の匂いがする高架下や、埃と油で薄汚れた飲み屋街があるのに、そんなの知らない顔して取り澄ましているオフィス街が、私は嫌いではない。
どのくらいの企業と会社員がこの街に存在しているのかは見当もつかないけれど、そのひとつとして、私の働く会社と、私がある。数えきれないほど多くの企業が押し込めれた、なんの変哲もない50階建てオフィスビル、34階。
このビルにはエレベーターが6機あって、そのうち2機ずつがそれぞれ、2階から19階、20階から35階、36階から50階までをつないでいる。もちろん乗り間違えると悲惨なことになる。エレベーターがいくつあっても、出勤退勤のピーク時にはかなり混雑するのが常だ。人の群れに流されて乗り間違えたり、降りたい階で降りられなかったりすることを恐れて、私は乗りたい人が多い時には順番を譲るし、そもそも朝はラッシュの時間を避けて出社する。
だから、同じ会社の人とエレベーターで一緒になって、1階から34階までのけっして短くはない時間を気詰まりに過ごすなんてことはほとんどない。
私を含めて3人しか乗っていないエレベーターで、34階のボタンを押して扉が閉まりかけた瞬間、スーツ姿の男性が飛び込んできた。
「すみません、34階を、」
とその人は言いかけて、すでに押された「34」のボタンが光っていることに気づき、そして手の位置から押した主が私であることに気づき、満面の笑みを浮かべる。
「おはようございます! ××社の方ですか? 実は僕もなんです今日から、中途入社で、先週まで研修受けてて、今日実はちょっと時間早かったかなって心配だったんですけど、」
興奮したように話し出す男性に気圧されて、私は微妙に腰を反らせて距離を保ちながら、曖昧に首肯した。さりげなく周囲をうかがえば、少ない同乗者のすべての視線がこちらに注がれている。
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