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「よし! 待ってろ焼肉!」
と彼がガッツポーズをし、私もほっと息を吐く。
「紅谷さんは、焼肉は筋肉派ですか、内臓派ですか」
「その括り方はじめて訊きましたけど、強いて言うならタンがすきです」
「タン! いいですよねえ。舌って筋肉ですか? 内臓?」
「内臓ではないかと。でも筋肉と呼ぶのも微妙な感じはありますね」
なんて。どうでもいい会話のキャッチボールを続けつつ、荷物をまとめてオフィスを出ようとした、そのとき。
外側から扉のロックが解除され、開かれる。
わたしは息を呑んだ。
どうして。
「あ。本当に開いた」
と、独りごちながら扉を閉めて。私を見つけて破顔する。
それは。
「おつかれさま。迎えにきたよ」
律、そのひとで。
「え……? なんで、そのカード、」
「これ? たぶんあさちゃんが前に無くしたって言ってた従業員証じゃないかな。掃除してたら出てきたから、なくて困ってるんじゃないかって、持ってきたんだけど」
手渡されるカードは、確かに私の名前と社名が入ったものだった。このオフィスは、入口は常にロックがかかっていて、外から解除するには従業員証を入口扉横のセンサーにかざすしかない。
律が持っていたカードは、たしかにいつも、私がこのオフィスに入るときにセンサーにかざしているものとまったく同じだった。
でも、バッグの中にはまったく同じ従業員証がある。今朝もそれを使って入室した。
ならば、どうして。
そこまで考えて、思い当たることがあった。
数ヶ月前に、従業員証を入れたパスケースを無くしたこと。いくら探しても見つからないので、従業員証は再発行してもらったこと。
あのとき。失くしたはずのそれを、律が手に入れていた——盗んでいたのだとしたら。
「なんで……」
私の呟きは、迎えにきたことに対してだったのか、盗んだことに対してだったのか。
掃除をしているとき出てきた、なんてバレバレの嘘をついているあたり、後者に関しては隠す気も弁明する気もないらしい。
律は目を細めて、私を、そして隣の彼を見る。その目の光が一瞬で冷たくなる。
「だって、ちゃんと見ておかないと、すぐふらふらするだろ。男と見れば色目使って、そんなだから同性には嫌われて友達もできないっていうのに。本当に、麻乃のそういうところ、治らないよね」
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