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「ただの一般人です。金持ちのボンボンですけど」
「へえ。言われてみると、そんな感じするなあ。高級外車乗り回してそう。しかも、車種とかよくわかってないままで」
それは事実だった。いつか本人が言ってたけど、目敏いというか、本当に見る目があるひとだ。
「ついでに言うと嫉妬深くて執着心が強いタイプでしょう? 彼氏さん」
「当たりです」
「そっかあ。参ったなあ」
なんて呟いては、ふと、まだ半分以上残っているビフテキ定食を消化する手をとめて。そして。
「紅谷さんは、彼氏さんのこと本当にすきなんですか」
その問いに対しても、私は答えなかった。答える義理はないはずだった。
彼に倣い、肉を切る手をとめる。騒がしい店内の喧騒が遠く離れていく。
「赤羽さん。私はあなたの気持ちに応えることはできません。あなたのなかで私がどう見えているのかは知りませんけど、きっとあなたが想像しているよりずっと、わたしは薄汚くて醜い人間です」
「そんなことないです」
「いいえ。本当なんです」
息を吐いた。膝のうえに置いた両手が震えた。
「私には浮気癖があって、金持ちの彼氏に寄生して散々貢がせていて、もうすぐその金持ちと結婚できるから仕事もやめるつもりなんです。それに、あなたがいつか『綺麗だ』と言ってくれたこの顔も、偽物なんです。整形してるんです。どこを切り取っても軽蔑されて当たり前の、嘘ばかりの人間なんです、だから、」
赤羽さんは悲痛な目をしていた。
「なんで、そんな自分を傷つけるようなこと言うんですか。罰だとでも思ってるんですか。どうして? なにに対しての? 俺たち、だって、まだ、非難されるようなこと、罰を受けるようなこと、なにもしてない」
罰。
律が昨日、同じことを言っていたことを思い出す。
黙りこんだ私に、彼は畳みかける。
「本当に、あの彼氏のことすきなんですか。ただ離れるタイミングを逃しただけなんじゃないですか。本当はもう離れたいんじゃないんですか。なんでそんな苦しそうなんですか」
彼だって十分、苦しそうだった。
「結婚するならするで、しあわせそうにしててくださいよ……じゃないと、こっちだって諦められないじゃないですか……」
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