25歳ーⅠ

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 彼も自分たちが目立っていることに気がついたらしく、「あっ、」そして「すみません」と声のボリュームを最小限まで絞って言い、照れ笑いを残して扉の方向に向き直った。開放された私もそれに倣った。  扉の横に並ぶボタンの上に、階数を示したデジタル数字が表示されている。滑らかに上昇していくその数字を視界の端に映しながら、斜め後ろ数十センチから、先ほどの男性をなんとなく観察してみる。  襟足が短く刈りそろえられたツーブロックの黒髪、まっしろなワイシャツの首元、細くしまった身体にフィットした細身のスーツ。濃い紺色。若い男。年齢は私とさほど変わらないだろう。  そんなことを考えていると、途中二回エレベーターが止まり、止まるたびにひとりずつ乗員が減っていき、34階に到着する頃には、ふたりだけになっていた。ずっと男性を観察していたからか、エレベーターに乗っている時間がいつもよりも短く感じた。  扉が真ん中から割れて左右に開き、34階に降り立つ。  どうしようか、やっぱり自己紹介とかしておくべきかな、そんなことを考えるより先に、一緒に降りた彼が私のほうへと向き直り、二度目の笑顔を向けた。  夏の日に清涼飲料水を一気に飲んだような、爽やかな笑顔だった。 「先ほどは失礼しました。改めまして、中途入社の赤羽と申します。よろしくお願いします」  よろしくお願いされたところで、私は役職もなく期待もされていない経理事務である。聞けば赤羽さんは営業部らしいので、私が彼をよろしく面倒みることなんてないだろう。  私はいつも社内で2番目の速さで出勤している。特に競っているわけではないけれど、どんなに早く出勤しても、人事部長がデスクで紅茶を優雅に飲んでいる。だから現在、赤羽さんと私と人事部長の三人が、オフィスにいた。一応、人事部長のことを赤羽さんに紹介すると彼は私に見せたのと同じ、爽やかさが限界突破した笑みで挨拶して、その後次々に出勤してきた社員にも、律儀にもひとりひとり丁寧に挨拶して回っていた。  社会人になると、そういう——意地悪な見方をすると、周りに媚を売っているような——勤勉な礼儀正しさは、非常に重要だということを知る。人間関係と、それに起因する社内の立ち位置において。
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