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「おれにもあるんだ。ありがとうね」
「今日、いるんじゃないかなって気がしたから」
「ほんとに? え、どうして?」
「なんとなく」
「すごい。あさちゃん、エスパーかも」
律は目許と口許をやわらかく緩めながら、さりげなく私の髪に触れた。
胸の下まで垂らした、まっすぐな長い黒髪。律と再会する以前、中高生のときから変わらない髪型。繊細な指先が毛束を掬いあげ、手触りをたしかめるように毛先へと、胸の上を滑る。着ている厚いニット越しに、胸のふくらみにほんのわずか、爪先が触れる。
いつもの、律の過剰なスキンシップ。
そうしていると、にやにや笑う朱音さんが鍋を抱えてやってきた。卓上コンロに置かれた土鍋はすでにぐつぐつと煮えていて、蓋の合わせ目から、出汁の効いた美味しそうな匂いを発する湯気が立ちのぼっている。
「おふたりとも、イチャイチャしてないで先に夕食にしましょう。私が帰ったあとで存分に続きをしてください」
私と律の小皿に具材を取り分けるあいだずっと、朱音さんはひとりで喋り続ける。
「それにしても、夕食の準備をはじめる前に律さんが来てくださってよかったです。もともと手捏ねハンバーグにしようかと思ってたんです。でも取りやめて鍋にしました。鍋だったら分量の調節が簡単ですので。若い男の子ひとり、いるのといないのじゃ分量も大違いですからね。寒くなりましたし、そういう意味でもぴったりでしょう」
「というか、イチャイチャなんてしてないですよ」
言葉がやっと途切れたタイミングで遅まきながらも否定すると、朱音さんは口許に手を添えて「おほほほ」とわざとらしく笑った。
「律さん、もっと頑張らないといけないみたいですね」
私が律を見て首を傾げると、律も私を見て、同じように首を傾げ、そっと微笑した。
朱音さんが帰った後は、リビングのソファに並んで座り、ふたりで一緒に映画を見た。
地味な高校生だった主人公が大学デビューを目指すという青春ものの洋画。でもあまりにもつまらなくて、字幕の文字を追う作業を途中から放棄し、聴きとれない英語の会話をBGMにしながら、私たちは他愛ない話をした。
「あさちゃん、もしかしてすきなひと、できた?」
ローテーブルに置いたグラスにコーラを注ぎながら、律がふと訊ねる。
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