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「麻乃ちゃんは、クリスマスは予定あるの?」
会話を外側から眺めている気になっていた私は、ふいに名前を呼ばれて輪のなかに戻された。向かいの席の柿谷くんから話しかけられたのだとわかり、私は彼に向かって首を横に振った。
「特にないよ。残念ながら」
彼の、黒縁の眼鏡のフレームを見つつ答える。そして、同い年なのにどこか大人びた彼が発した「麻乃ちゃん」という響きをひそかに心のなかで反芻する。律の、きっと幼少の頃からまったく変わらない「あさちゃん」とは、まるで違う、どこか色っぽい音だった。
「そうなんだ。意外だな」
「ええ? だって一緒にすごす恋人はいないし、誘ってくれるひともいないし」
と自虐すると、眼鏡の奥の瞳が静かに、まっすぐに私を見詰めた。
「じゃあ。俺が、『誘ってくれるひと』になってもいい?」
その日の夜。また律が家に遊びにきていた。
前と同様、朱音さんが帰ったあとにふたりで映画を見る。映画がつまらないのも同じ。律と見る映画はなぜか大抵つまらなかった。
ふたりしてただ流れているだけの映像を見る気もなく眺めながら、しなくていいような中身のない会話を続ける。画面にクリスマスツリーとプレゼントにはしゃぐ子どもが映し出され、それでやっと、映画がクリスマスをテーマにしたストーリーだったのだと気づいた。
律もそうらしい。そして大学生らしく、クリスマスのことを話題にあげた。
「あさちゃんのお父さんはきっと仕事でしょ? 24日は朱音さんが来る曜日でもないし、一緒に夕飯たべよう」
私に予定がないことを前提にして話を進める。
「小さい頃、うちでクリスマス会をやったことがあったよね。プレゼント交換したのおぼえてる? あれ、ひさしぶりにやろうよ」
「ごめん、私、予定があるの。だから残念だけど、」
私の言葉を遮って、
「例のすきなひとに誘われでもしたの?」
と問う、その目は私をじっと捉えていた。
見定めるような、観察するような瞳。なんだか居心地が悪くなる。
「……うん」
「へえ。それはよかったね。おめでとう」
「うん。ありがとう。律と過ごせないのは残念だけど、プレゼント交換は、私もしたいな。25日はなにもないから」
「そうだね」
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