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L字のソファにねころんだ。白い天井を眺める。無音。いたいくらいの無音に、耐えきれずにテレビでもつけようとリモコンを探す。私も律もテレビはあまりすきではないから、大きな液晶テレビは一応あるものの、ほとんど稼働することはない。リモコンは、と首だけであたりを見回して、手の届く範囲にはなかったので諦めた。
しんとした寂しさに押しつぶされて、息ができなくなってしまいそうだった。けれど液晶画面越しに届く誰かもわからないたのしげな声や歌をきいたら、よりいっそう、息が詰まりそうな気もしたから、リモコンが見つからなくてよかったのかもしれない。
どうしようもなくなって、外に出た。ぶ厚いコートを羽織り、長いマフラーをぐるぐるに巻く。
39階から地上に降り立ち、コンシェルジュの前を通りエントランスを抜ける。入口扉が開いた瞬間、そわりと冷たい風が頬を刺した。寒い。でも、雲ひとつない空はどこまでも澄んだ青色をしていて、見上げたら視界のどこにも見えない太陽の光に目が眩んだ。ああ、冬の最初の日なのだと思った。
マンションを出て、あてもなく歩く。この街に住むようになってもうすぐ3年になるというのに、私はひとりでこの街を歩いたことがほとんどない。ひとりでの外出といえば、仕事の行き帰り、駅とスーパーとマンションの3点のあいだの行き来のみに集約されていた。だからといって、律と散策したこともほとんどない。あの、指輪をつくる相談をしたジュエリーショップに行ったくらいだ。
そんなことを考えながら歩いていたからだろうか。気づいたら見覚えのある道に入り、あのジュエリーショップの前にいた。
1階の主人に挨拶しようかと一瞬考え、やめて、歩き続けていた足をそのまま2階へ続く階段へと送り出す。コンクリート製の階段はアスファルトを踏みしめるときとは違った軽い足音を響かせる。
板状のチョコレートのような色とかたちをした扉には、白いちいさな文字で「noyer」と刻まれている。ノワイエ。くるみ、という意味の言葉なのだと、以前、店主である胡桃沢夫人に教えてもらったことを思い出しながら、扉をあける。
夫人は私のことをしっかり覚えてくれていたようで、客に気づいた瞬間、嬉しそうに目尻に皺をつくった。
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