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赤羽さんは驚くほどに瞬く間に、社内に馴染んだ。
そしてなぜか、私にも懐いた。
私たちはどちらも早めに出勤するタイプだからか、朝のエレベーターで偶然出くわすことが何度かあり、一度などは1階から34階まで完全にふたりきりだったので、その時はしかたなく、他愛ない会話に興じた。
そして今日も。
「おはようございます、紅谷さん。なんだか最近よく一緒になりますね」
「おはようございます。そういえば、そうですね」
「もしかして同じ電車に乗ってたりして」
「まさか」
「どの辺に住んでるんですか? 俺、埼京線なんですけど、ラッシュ時間の混み具合が本当にひどくて。だから早起きして早い時間の電車に乗ってるものの、それでもめちゃくちゃ人多いから、まあラッシュで圧死するよりましかって感じであきらめてます」
「圧死って」
思わずくすりと笑ってしまう。
前職アパレル、のすごさを赤羽さんと話していると実感する。話がそっけなくて下手な私に対しても、彼はごく自然に楽しげに会話を続けてくれる。彼の問いに対しての、私の当たり障りのない答えに、律儀に頷いて、笑って、さらに言葉を返してくれる。
実際のところ、私との会話を彼が心から楽しんでいるわけではきっとなく、社内で良好な人間関係を保つために、誰に対してもやっている処世術としての会話術なのだろうけれど。
そうだとわかっていても、私は、赤羽さんと話すのが楽しいと感じてしまっていた。
普段、別の同僚相手だったらほとんどしないのに、赤羽さん相手だと、会話を途切れさせるまいと話題を探してしまう。
「赤羽さん、会社には慣れました?」
「おかげさまで。みなさんによくしてもらって助かってます。優しいひとばっかりですよね」
私はそれを肯定できなかった。
会社の人たちがみんな優しく、よくしてくれるのは彼自身の人柄があればこそだろう。誰にだって優しくて面倒見が良い集団なんてありえない。優しくする相手を選ぶのは当たり前のことだ。
「あの、ずっと聞きたかったんですけど、紅谷さんて3年目くらいですか? 実は、同い年くらいなんじゃないかなって気になってて」
「そうです。いま3年目の新卒入社です」
「やっぱり。同級生でしたね」
そう言われて、高校のクラスメイトだった男の子や、大学のゼミで一緒だった男の子を思い出しては、不思議な気持ちになった。
彼らは紛れもなく「男の子」だったのに、目の前の彼を「男の子」と形容することは適切でない気がした。
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