25歳ーⅠ

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「同い年だし社歴は上だし、俺に対して敬語使わなくていいですよ」 「いやそんなわけには。会社への貢献度で言ったらすでに負けてますし」  タメ口なんて恐れ多い、と首を振る。赤羽さんは、さも面白いことがあったかのように、明るい声で笑う。 「紅谷さんて、変わってますね」  それが、悪い意味でないことはわかった。  向かいの席の女性社員や、大学の同級生に言われたことのある言葉。自分の理解が及ばない存在に対して、その価値を下げるために使う言葉。  同じ言葉なのに、赤羽さんに言われると、けっして悪い気はしなかった。 「俺、前職アパレルなんでちょっと目敏いんですけど、紅谷さん、めっちゃセンス良いですよね。ファッション誌から出てきたみたいな感じで、いつもキマってて。華やかで。お綺麗ですし。なのに仕事は落ち着いて真面目で、なんか、ギャップあるっていうか。そういうところ、いいなーって思ってます」  とてもさりげなく言われた、好意ともとれる言葉。  どういう意図で発せられた言葉なのかわからないから、私は前半部分にだけ反応する。 「逆です。センスがまるでないので、お洋服とか、いつもマネキン買いなんです。それ以前にあんまり、自分で選ぶこともないんですけど」 「え?」  余計なことを言ってしまった、と一拍遅れて気づき、「そういえば、」と話題を変えた。 「この近くに、ランチがすごくお得な定食屋さんがあって、ビフテキが看板メニューなんですけど、もう行かれました?」 「えー、ほんとですか、まだ行ったことないです。なんて店?」  店名をスマートフォンで検索して、最初に出てきたサイトに載っていた看板の写真と、地図を見せる。小さな画面を彼が覗きこみ、その瞬間、整髪料の匂いがぐっと近くなる。 「へえ、こんなところに。行ってみよう」 「ぜひぜひ。おすすめです」 「一緒にいかがですか?」 「え、」 「紅谷さん、いつも一人で気づいたら昼休憩いなくなっちゃうじゃないですか。ランチ、たまには一緒にどうです?」 「それは……」 「だめですか? 男とふたりだと彼氏さんに怒られちゃいます?」  冗談で言っているとわかるのに、私の心臓は大げさな音を立てる。 「そんなことは……ないんですけど……」 「じゃあ、今日の昼。いきましょう」  彼の言葉と瞳には引力があって、自分への絶対的な自信と、断られるはずがないという絶対的な確信があって、それらは抗いがたい強さで、私の思考を絡めとった。きっと今まで、こうやって誘って、ノーと言われた経験のない人種なのだ。  私だって、頷くしかなかった。
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