25歳ーⅠ

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 鼻腔を刺激する美味しい匂いで目が覚めた。じっくりと野菜を煮込んだ飴色のコンソメスープと、香ばしく焼いた肉の匂い。  瞼を開けると、すぐ側に男がいた。L字のソファの直角部分に頭を置き、横の辺いっぱいに手足を伸ばした私の、頭のうえ、つまり縦の辺に腰掛けて、長い足を持て余すようにゆったりと組んでいる。帰宅してしばらく経つのか、朝に見たスーツではなくゆったりとしたスウェットを着ていて、いかにもくつろいでいる、その手元にはスマートフォン。  それも、私の。  慣れた手つきで操作して、しばらく弄んだら満足したのか、ローテーブルに放った。  そして、一部始終を見ていた私に顔を向ける。  胸焼けしそうなほど甘い、甘ったるい、とろけるような笑顔を。 「おかえり。あさちゃん」 「……ただいま。律も、おかえり」 「ただいま。夕飯、勝手に作ったけど良かった?」 「ありがとう。ごめんね、作らせちゃって。すごくいい匂い」 「材料的にこれかなって、蛸のカルパッチョと、ポトフと、チキンの香草焼き」 「正解。さすが律」 「ほんと? やった。疲れてるなら、まだ横になってていいよ。焼き上がるのにもう少し、かかるから」 「ううん。起きる」  身体を起こして、ひと伸びする。動いた拍子に、ハリのある生地のスカートがかさりと音を立てる。今日おろしたばかりのスカートにはすっかり大きなシワができていた。  オフィスカジュアルとよぶには鮮やかすぎる、濃いピンクとパープルの間の色の、ミモレ丈のフレアスカート。 「その色、似合うね」  彼は自分の選択に間違いなかったと納得するように目を細める。 「うん。センスいいねって、同僚に褒められたよ」 「それはあさちゃんがかわいいから、当たり前だね」  言いながら身体を寄せ、言い終えると口付ける。  料理を作りながら一人で飲んでいたのか、ウイスキーのほのかな香りがした。唇と唇が触れあい、開かれ、湿った吐息が、寝起きの乾いた口内に広がる。 「お酒、のんだ?」 「ばれちゃった? 良いのもらったから、料理しながら、味見に」  また口付けてくる。今度は舌を絡めて、自分の唾液に溶けたウイスキーを私の喉奥に流し込み、それを味見させるように。でも、味なんてわからない。酒の味自体が私にはそもそも理解できないし、律の唾液は律の味しかしない。
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