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間に合ったぁ!
「ま、ま!間に合ったぁ!」
学校の最寄駅を出て、スカートを翻しながら懸命に走った美海が教室に駆け込んだのは予鈴の三分前だった。
「おはよー。うまくいった?しかも土産?どっか行ってきたん?」
「みうみう、手に持ってるそれはお菓子?ん-まいお菓子っ?!」
横から笹原芳乃、斜め後ろからニマニマと手を出して来た藍原菜々子が声を掛けてきた。美海が親友と言ってはばからない女子たちである。
そのうちの菜々子はというと、抜け目なく、そしてうやうやしい態度で美海からお土産の紙袋を受け取っている。
「あはは、電車が遅れててギリギリ!遅刻しなくてよかったあ。またお昼か放課後に頑張る!」
「そっか」
芳乃と菜々子にはチョコを机や下駄箱に忍ばせる事を話している美海は道案内をして遅れた事を語ることもなくマグボトルの水を飲む。
が、美海とは小学校からの付き合いであり、その性格と行動原理を知り抜いている親友、芳乃からのツッコミが入った。
「また道案内とか迷子の具合悪い人の看病とかしてたんじゃないの?」
「んぐっ?!けっほけほ!けほっ!けほ!けほけほっ」
図星と見て呆れる芳乃に美海は涙目を擦りながら問いかける。
「な、けほ!な、何でわかったの?!」
「美海がギリギリか遅れてくるのってほぼソレじゃん。しかも聞かないと何も説明せんし。そんなんだから天使とか言われんだよ」
「そーだそーだ!むぐむぐ……これうんまっ!」
菜々子は高級感溢れる化粧箱を小脇に抱え、色とりどりの次々と高級感あふれるクッキーを頬張る事に夢中である。そして美海はそんな菜々子ををよそに、眉をハの字にして苦笑う。
「言われたことないし、芳乃の勘違いだよ。私が天使とか絶対ないない」
「君は天使だ!なんて本人に言うのは親兄弟かよっぽどのバカちんかおとぎ話の王子様とかだけなんじゃない?」
「んがんがっ!」
と、そこで。
三人の会話を聞いていたクラスメイトたちが獲物を狙う猛禽類のような目で菜々子の手元を見た。そして朝練で空きっ腹を抱えた男子や美味しそうなものを目にした女子が、お菓子のひとり占めに勤しむ菜々子を見て一斉に動き出す。
朝ごはん?
食べましたけど何か?
育ち盛りの食欲を舐めんなあ!と言わんばかりに美海たち三人に近寄っては、見ただけでワクワクしそうな色とりどりのクッキーに手を伸ばしていく。
「堀の土産?堀、ごっさん!いただきー!」
「はーい」
「堀さん、あたし達も食べていーい?」
「いーよー」
クラスメイトにつかみ取られて、あっという間に減っていくクッキー。美海は大喜びのクラスメイト達を見て、にっこにこである。が、どうにも納得できない人間が一人いた。
もちろん、菜々子である。
「みうみうの裏切り者!これは私の栄養源なのだぞぉ!お主ら、触るな、近寄るな!」
「私にも一個、下さいなぁ」
「みうみう!このピンクの、ふわふわで美味しいよ……他の奴らはダメえ!」
「いや、菜々子に所有権ないだろ。いっただき♪」
「あああ!よっしーのびゃかあ!もうなくなっちゃう!だめええええ!」
そんな全力の叫びも空しく予鈴のチャイムの前にクッキーの箱は空と化し、授業が始まるまで机に突っ伏してピクリとも動かない菜々子がそこにいた。
●
(お手紙を読み返す時間がやっぱりほしいから、道に迷ったあのお爺ちゃんに会えたのはラッキーだったかも!美味しいお菓子とチャンスをありがとうございます!)
美海は一限目の終わりかけにふと男性を思い出し、心の中で手を合わせた。
(お昼休みにこっそりと下駄箱……それともやっぱり放課後に。き、緊張する!後で芳乃と菜々子に相談して……お昼休みに見てもらうのも、いいかも!あ!それでそれで……最後に名前、書かないとぉ!きゃああ!)
授業の終わりかけまで机に突っ伏していた菜々子がふと見ると、思わず二度見してしまうような可憐さで気合いを籠めている美海。
((が・ん・ば・れ!!))
美海の楽しそうな表情に、芳乃と菜々子は自分の事のように胸をときめかせ、心の中でエールを送ったのだった。
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