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その瞬間、全身に鳥肌が立ち悪寒が何度も身体の中を駆け抜けていった。
そうだ。俺はまだ誰とも結婚していない。それに俺はまだ31歳だ。中学生くらいの大きな娘がいるのは、絶対におかしい。
何度記憶を辿っても、今リビングにいる妻と出会った記憶がない。会った事もない、知らない女性だ。
そしてこの手は彼女の身体に触れられなかった。
それは俺の手がすり抜けたのではなく、向こうの身体がすり抜けたのだ。
ドク、ドク、ドク、ドク、ドク、ドク。
俺は脱兎の如く、この場から今すぐに逃げたい気持ちで慌てて玄関のドアノブを掴む。
すると、いつの間にリビングから出てきていたのか、『妻』と『娘』が俺の背後に立っていた。
ヒヤリとする冷たい空気。耳が痛くなるほどの静寂。
「はぁ、はぁ…はぁ…」
恐怖から呼吸が荒くなる。
俺の呼吸音だけが聞こえて、二人からは全く何も感じなかった。
今ではさっきまで覚えていた筈の二人の顔も思い出せない。どんな顔だったっけ、この女性はどんな表情で泣いていたっけ。
けれど、今はそんなことよりも逃げないと、逃げないと! 今すぐに、ここから逃げなければ…!
俺は掴んでいたドアノブを捻り、外へ出ようとした。
ガチャ、ガチャガチャ、ガチャッ。
しかし、いくらドアノブを捻っても、押しても引いても玄関の扉は開かない。
「あれっ、な、なんでっ、あか、開かないっ…!?」
俺は気が動転してしまい、無駄だと分かっていてもしつこいくらいにドアノブをガチャガチャと鳴らしながら何度も捻っていた。
背後には更なる冷気を感じる。と、同時に少しずつ近付いてきていた二人が俺のすぐ後ろに立っているのだと理解した。
「あ、けよ…開けろよぉ!!」
ついに堪らなくなり悲鳴のように叫んだ俺のすぐ後ろで『妻』が言ったのだった。
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