「ただいま」

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「ただいま」

「ただいま」  俺は仕事から帰宅して、家族がいる居間に声を掛けてみるけれど返事は返ってこなかった。  またか…。もはや呆れて笑いが出てくる。  俺は何故か、妻と娘に無視されていた。  おはよう、おやすみ、ただいま…少しでも仲の改善に努めようとこちらが努力し挨拶を続けているけれど、一向に返事は返ってこない。  片方だけが改善に努めようといくら努力してみても、結局は相手に応じる意思がなければ全くの努力の無駄なのだ。  それに何が腹立たしいって、妻はまだ中学生の娘を味方につけて二人で俺の存在を無視することだ。 「…俺は毎日、誰のために働いてるんだよ…」  怒り、悲しみを通り過ぎると笑いが出てくるなんて事、初めて知った。  俺は億劫な気持ちで革靴を脱ぎ、玄関から中へと入った。仕事で疲れてるってのに、家庭内までこんな有様だと、この家に帰ってきたくなくなるな。 「……このままじゃ娘の為にもならないし、キチンと話し合う必要があるな…」  俺は自身に言い聞かせるように呟いて、話し合いの結果、離婚することになっても仕方がないと腹を括った。  そもそも俺には妻が何故こんなにも自分に腹を立てているのか分からないのだ。思い当たる節もない。  ある日突然に、俺は妻と娘から無視されるようになったのだった。  リビングに向かうと、ドアの磨りガラス越しに見える向こう側は真っ暗だった。  もしや、誰もいないのか? 俺の脳裏には、ついに妻は娘を連れて家を出て行ってしまったのだろうか。という考えが過ぎる。  リビングの扉を開き、すぐ横にある電気のスイッチを入れて、部屋を明るく点灯させる。  すると、ダイニングテーブルに肘を付き、頭を抱えて座る妻の姿が目に入った。 「うわ!? なんだ、いたのかよ…」  恐怖と驚きでドキドキと鼓動する心臓をシャツの上から押さえて、裏返る声で妻に声を掛けた。  妻はやはりというか、俺に反応を示す事なく無言のまま頭を抱えている。…少し気味の悪さを感じるほどだ。
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