7.ローズマリー

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7.ローズマリー

 ローズマリーの花言葉は、『あなたはわたしをよみがえらせる』。  「記憶の再生」を意味すると、教授が言った。  ローズマリーの花は、大切な思い出を記憶に残す、象徴なのだという。  ぼくは、教授と交わした言葉を、教授とすごした時間を、永遠に記憶していたかった。  半年前の記憶を呼び起こしたぼくは、夜が明けるまで、教授のベッドのかたわらに立っていた。  窓の外が少しずつ明るくなり、カーテンの隙間から寝室に()の光が入る。  ぼくは教授に呼びかける。 「おはようございます、教授」 「やあ、ただいま。わたしのキツネ」  教授は目を覚ました。  ぼくははじめて、人間のように泣きたいと思った。  それから庭にテーブルとイスを出して、ぼくは紅茶をいれて、教授とぼくは隣り合わせで座った。  教授は穏やかな口調で今までのことを話してくれた。    きみが朝、「おはよう」とわたしに呼びかけることが、起動スイッチになっている。  わたしの魂が、この機械の体に戻る。そうなるように作った。  うまくいってよかった。  きみがわたしを思い出し続ける限り、わたしの魂はこちらに戻って来られる。  きみに(なら)って、心臓に鉱石を埋めこんでみた。青いラズライトだよ。  あとは、一度、水の中に機械の体を(つか)からせた。こちらのほうが大変だったね。  いつか、きみもすべての機能を停止する日が来る。永遠に動けるものは存在しないのだよ。すべてに終わりは来る。  だが、その日まで、きみをひとりにするのは忍びなかった。きみが悲しみの感情を理解しなくともね。  きみが機能を停止すれば、わたしを思い出すことはもうできない。わたしがこちらへ戻ることもなくなる。   「教授は夜のあいだはどこにいるのですか」  わたしにもわからないね。眠っているのと同じ状態だ。  わたしにわかるのは、きみに呼ばれればわたしは戻る。それだけだ。  この状態がいつまで続くのかも、不確かだ。  もしかしたら、ローズマリーの花が咲くあいだだけかもしれない。秋から次の初夏まで。  それでも、できうる限り、きみのもとに(かえ)ってきたいのだよ。    ぼくが毎朝、教授のことを思い出すたびに、教授はこちらの世界に還ってこられる。  ぼくは今日も、教授に呼びかける。 「おはようございます、教授」 「やあ、ただいま。わたしのキツネ」 「おかえりなさい、教授」  教授への朝のあいさつがひとつふえた。    昼すぎ、郵便局長さんから連絡がきた。  ぼく宛てに「未来郵便列車」から郵便物が届いたという。  受け取りに郵便局へ行くと、青いローズマリーの小さな花束があった。
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