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2.教授
車が教授の家の前で止まった。街はずれにある、白い壁に赤茶色の屋根瓦の小さな家だった。
郵便局長さんは車の窓を開けて、家の前に姿勢を正して立っていた濃い灰色の髪の男の人に気軽なあいさつをした。
その人が教授だった。灰色がかった青緑色のえり付きシャツに黒いスラックス姿、眼鏡の奥には薄い青色の眼が見えた。
郵便物の受け取り票に教授のサインをもらうと、車から降りたぼくと小型のトランクを残して、ぼくに軽く片手をあげて見せて、郵便局長さんは郵便局へと帰っていった。
「はじめまして、教授」
「きみは紅茶を飲めるのかね」
それがぼくと教授の最初のあいさつだった。
教授とぼくは、三年をかけていろいろな話をした。
最初のころは、どこかの未来から届いた「人型の自動機械たち」としてのぼくへの質問が多かった。
きみたちはどこから来たのかね。
遠い時間の向こう側です、教授。ぼくはもう覚えていません。
「未来郵便列車」に乗せるものには検閲があるんです。
それを通るために、ぼくは向こう側の記憶の大半を置いてこなければいけませんでした。
きみたちは願いをいだくことはあるのかね。
ぼくたちは願望というものを持ちません、教授。
きみたちは人間の死を理解しているのかね。
すべての生命活動の停止です、教授。
きみたちはだれかの不在を悲しいと思うのかね。
ぼくたちには悲しいという感情はありません、教授。
きみたちは夢をみるのかね。
人間の夢は、それまでの記憶の反芻です、教授。
人間には感情や願望があるので複雑な夢をみます。
ぼくたちも一日の終わりに記憶の反芻をします。
不要な記憶は削除します。必要な記憶は残します。
それを夢と呼ぶのなら、ぼくたちも夢をみます。
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