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5.きみを作ることができない
教授と出会って一年半が経ったころ、教授は、ぼくのことを「わたしのキツネ」と呼ぶようになった。
ぼくは動物の狐ではないけれど、ぼくの眼は薄い橙色をしている。教授は「キツネ色」なのだと言う。
ぼくは本物の生きた狐を見たことはない。
それを伝えると、教授は動物図鑑を本棚から取り出して、ぼくの目の前で開いて見せた。
「狐にも種類があるよ。白い狐、黒色に近い狐、砂色の狐。きみはこれだ」
教授の指差す先には『アカギツネ』とあった。前足は黒く、腹部は白い。そして全体的に赤みがかった黄褐色の毛並みをしている。
教授はどことなく楽しそうに見えた。
「狐は走るのが速いのですか?」
「速いよ。わたしは狐が駈ける姿を見るのが好きだね」
「狐型の自動機械は作らなかったのですか?」
「作らなかった。好きなものほど作れないのかもしれないね」
だから、と教授は微笑んだ。
「わたしにはきみを作ることができないのだよ」
ぼくを作ることができない教授。
そのことをぼくはずっと考えた。
ぼくには「好き」と思う感情がわからない。
その代わりに、教授のためにできることをひとつ、ふやした。
翌日から、ぼくは毎朝、教授の寝室の扉を軽くノックして入り、教授を起こすようになった。
「おはようございます。教授」
「おはよう。わたしのキツネ」
教授は笑って答えた。
教授と出会って二年が経った。
教授は「未来郵便列車」から教授宛てに届いた郵便物を受け取りに、郵便局へと出かけた。
教授が持ち帰った小さな木箱の中には、片手のひらで包めるくらいの大きさの青く透明に光る鉱石が入っていた。
「ラズライトだよ」
「高価なものですか?」
「値段はわからないが、宝石だね。よく磨いてある」
それから教授は鉱石を見つめたまま、考えこむようにして黙った。
ぼくは考えごとの邪魔にならないように、静かに書斎を出て、紅茶をいれに行った。
翌日から、教授は研究室にいる時間がふえた。昼すぎから夜中まで、研究室にいる日もあった。
でも、それ以外は変わりなかった。
ぼくは毎朝、教授の寝室に行き、教授を起こす。
教授が朝食をとったあと、ぼくは紅茶をいれる。
昼になるまで、ぼくは教授と話す。
教授の言葉をぼくは記憶する。
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