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開幕
街中に一つの死体が転がっている。
街のメインストリート、昼間なら人通りも多い。
だが今は通行規制が敷かれている。
冒険者ギルドへの通報から十分もせず、俺は急行した。状況確認、現場を確保し目撃者を捜さねばならない。殺人事件は本来官憲、この街に本部を置く騎士団の管轄。だが冒険者絡みとなれば話は変わる。我々の出番だ。
俺は冒険者組合に勤めている。
今は冒険者への支援体制を整える総務担当だ。
冒険者と言っても一括りには出来ない。ソロで活動する者から隊を組む者まで様々。活動は広範で雑多。連絡が付かない者も多い。失踪か武運つたなく力尽きたか。どちらにせよその捜索は俺の担当ではない。
だが今回は街中で起きた殺人事件と思われる。
被害者はよく知る男だ。
確か、一緒に狩りに出たこともある。
俺もかつては冒険者だった。
「ノーマン・ウェザーランド」
「間違いないのかい?」
隣に立つ女性、特A冒険者バーバラに尋ねられ俺は自然と頷いた。
不自然な点のないよう格別の配慮が必要だ。
「ノーマンは探索においてSクラスの冒険者です」
「そうなのか。なんと惨い。こんな死に方とても許せない」
ノーマンは腹部を刺され大量に出血したらしい。見れば分かる。更に、頭部を鈍器のような物で殴られたのか打撃の痕跡がある。かなり重い凶器のようだ。
「腹部を刺され頭部には殴られた痕があります」
「なんと、苛烈なやり口だな」
バーバラは顔をしかめ、犯人を憎むかの如く吐き捨てる。美貌溢れるその様から特A冒険者の横顔は見て取れない。
長く整えられた髪は赤く衣服は全身ダークなドレス。まるで喪服のようだ。
「加え、恐らく魔法で攻撃されています」
「そんなことまで分かるのか」
無論だ。捜査官ではないが応援に出ることもある。今回担当するのもそれが理由だろう。俺が指揮を執り万事解決せよとご用命を受けている。
「束縛、バインド系の魔法。魔獣を生け捕りにする拘束魔法の痕跡があります」
「かなりの使い手だな。国外のスパイだろうか」
腕組みするバーバラはまるで推理小説の探偵役のようだ。
「鞭で打たれた痕もあります。これが物理的なものか今は判断出来ませんが」
「鞭とな。拷問でもするつもりだったのか」
「分かりません」
バーバラはますます頭を悩ませるがこちらはそれどころではない。
一歩間違えば命に関わる。
ギルドの存亡にも影響を及ぼすだろう。
そもそもSクラス冒険者が簡単に殺されるはずがない。
この事件のおかしさは、その点に集中している。
今、俺の周囲には誰もいない。
あるのはノーマンの死体とバーバラ嬢だけだ。
ノーマンは若く二十歳の若者だった。
子供の頃から流した浮き名は数知れず、泣かせた女も星の数には及ばない程度いるだろう。同時に男女から恨みを買うことも明白だが、何せSクラス冒険者。その才覚は幼年期から隠しようもなかった。結果、良きも悪きも惹き付ける少年時代を過ごしその生い立ちは複雑なものとなった。
彼は自らを「天賦の才を持つ者」と定義し寄り付く者を選別し、よく言えば自由に、悪く言えば勝手気ままに生きていた。彼と旅したことは決して俺が認められたからではない。偶然人手が足りなかった。
「彼はどんな人物だったんだい?」
顔を赤く紅潮させたバーバラは死体と俺を交互に見ている。
「とても優秀な男でした」
「そうだろう。Sクラスだ、とても強い」
バーバラはなぜか自慢げで黒く染めた胸を張っている。
汚れた手を伸ばし、
「なんということだ。ギルド開設以来の難事件。不祥事ランクもSではないか」
「はい。取り扱い次第では俺の首が飛びます」
「なんと、では私が手を貸そう。これでも特A、Sクラスには劣るが自信はある」
血走った目を向けられては返事のしようもない。
ーーどう考えても犯人はバーバラ嬢である。
そのバーバラ嬢が「人が死んでいる」と冒険者ギルドへと報告に来た。
つまり第一発見者。
自分で殺して死んでいると通報する。
彼女の頭は爆発物で構成されているのだろうか。
だが、それを指摘すれば俺の首が飛ぶ。
物理的に。
だから皆青ざめていたのだ。
「お前が担当しろ。絶対に捜査はするな、解決に心がけろ」
という同僚の言葉は実に核心を突いている。
何か因縁あってのこととはいえ、よくもここまで徹底的に。ノーマンは好色な色男ではあったが、そこまでの悪事を働いたというのか。いかん、推理はしない。解決だけを欲しろ。捜査はしない、命に関わる。
「ノーマンは仕事の出来る男でした」
「うん、さっき聞いた」
「ですが私生活には些か問題を抱えていた」
「なんだと! Sクラスの冒険者は皆の見本。勘違いではないのか!」
驚天動地しているが、殺ったのはあなただ。
絶対俺より詳しい。
強力なバインド系魔法を使える者は、この街にバーバラしかいないのだから。
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