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第3話
「犯人はバレたらどうするつもりだったのか」
「分かりません。乱闘、戦闘があれば報告は来るはず。深夜とはいえ通報の一つもあっておかしくない」
「昨夜通報はあったのか」
「騎士団にも問い合わせてみないと」
「うむ、協力を仰がねばならんか。奴らに借りをつくるのは癪だが致し方ない」
またも腕組みするバーバラはまるでギルドの大幹部のようだ。本当に確認する気ではないだろうな。あいつら空気も読まず事実を追及するぞ。皆殺しにでもするつもりか。
まずい、流れ次第では冒険者ギルドと騎士団の全面戦争に発展しかねない。俺の死因が戦死に変わる。
「ノーマンは多くの人物に恨みを買っていた」
「そうなのか。それが私には分からない。顔も潰れて判別出来ん」
「文字通り顔を潰すぐらい憎んでいたのかと」
「どんな恨みだろう。やはり女性関係でざまあか」
「メスの世界は分かりません」
「メスがいればオスもいる。痴情のもつれは珍しくない」
ここまでの死体は珍しい。
これを単独でやったというのだから特Aというのは真っ赤な嘘だ。この女赤すぎる。紅のバーバラと名付けたい。
「鞭はどうなる。あまり使い手はおらんだろう」
「はい。有名どころは今街にいない」
お前以外。
「拘束され鞭で叩かれる。頭を殴り刺して殺す。およそ人の所業とは思えん。ツヅキ、一体どうする」
バーバラの圧が強くなった。
どう見る、推理するではなく「どうする」と来た。
さっさと結論を出せと言った具合だ。
「俺にはSランク冒険者の死に方とは思えない」
「む、根本に誤りがあると言いたいのか」
根本的に問題があるのは彼女だが、根本を覆さねば圧が現実と化す。
プレッシャーの中、解決案を導き出さねばならない。
であるならば……。
「彼はSランクではなかったのでは?」
思いつきで放った言葉にバーバラは大仰に反応した。
「なんということだ! ギルドは一体どうなっている! まともな査定も出来んというのか!」
そうしたい。それなら人事部の責任だ。俺は総務、害もなし。
「そうとしか思えない。証拠も揃っている」
「だが彼の功績はどうなる。全て偽りだというのか。書き直すの大変だろう」
確かに手間だ、心配してくれてありがとう。記録係は窓際担当。暇潰しに頑張ってもらおう。とにかくこれでいくしかない。
「詐称した挙げ句無様に殺された。我々の落ち度でもある。ギルドは大変な日々を迎えます」
「なんと、それはいけない。別にないか」
バーバラは俺の肩を掴み真っ赤な顔を近づける。血の臭い、凄まじい迫力だが正気か。
「別に……ないです」
「いいのかそれで。ギルドが迷惑を被るのだぞ!」
だからお前が原因だ。男女の痴情で殺しをやるな。力があれば俺がお前を殺ってるぞ。
「仕方ない。完全な事実です。証拠は全て揃っている」
「そうなのか……」
動く証拠は目の前にあるが、蜃気楼は珍しくない。
明日はきっと雨が降る。洗濯物は今日すませないと。
「本当に、本当にそれでいいのか……?」
凶悪だったバーバラの頬に朱が差していく。赤いのに赤くなるそれが不思議と乙女に見える。どうやらだいぶ疲れたらしい。明日は有給を取ろう。
「残念です」
終わりを告げるよう静かに言葉とする。
「そうか……だが、それだと犯人は誰だ」
お前だ。
確かに、これだと痴情のもつれから詐称野郎が殺された、ということになる。くそっ、明日休みたいのに!
「犯人は既に国外に逃亡。ギルドが調べることになるでしょう。内々ですませたい。分かっていただけますか?」
「犯人がいるのは都合が悪い」
平板な物言いだった。バーバラから表情が消えている。
「君達にとって犯人がいるのは都合が悪い。違うか」
違わない。違わないけどもうそれでいいんです。なんで粘るんだ! 気に入らないのか? 何が?
「事実は曲げられない。我々は職務に全うでなければならない。冒険者ギルドは殺人も不正も絶対許さない。それが官憲騎士団との違い!」
「おおそこまで言うとは……」
バーバラ嬢は感極まったという表情だ。そのまま納得してくれ殺人鬼。
「では、私の協力は不要ということか」
「ここまでで充分です。感謝します、紅のバーバラ」
「うん?」
「いえ、拘束者バーバラ。捜査への協力、ギルドを代表しお礼申し上げる」
「そうか、そうだな……」
あっぶね。言ったが五秒でほぼ即死。よく回避出来た、なんて失言だ。
周囲には本当に人がいない。ギルドの連中が遠ざけたのだろう。死体がもう一つ増える様を衆目に晒すわけにはいかない。
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