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ひとまずの終幕
「だから決闘を申し入れた。命尽きるまでやると宣告した」
「ギルドに言って下されば仲立ちしましたのに……」
「Sランク冒険者の肩を持つのは目に見えている」
否定出来ない。だが同士討ちは避けられた!
ギルドは大ダメージだ!
「そうしたら決闘まですっぽかした」
「殺ってしまいましょう、そんな人でなし」
「そこに転がっている」
「知ってます」
ノーマンの死体は今や別の性質を持ち始めた。
「だから闇夜に改めて決闘を申し入れた。明日正午中央広場で、と」
「出店が出そうな勢いですね」
「巻き添えで死ぬからよした方がいい」
全くだ。ビジネスは生活の為に行うものだ。冒険者組合は、命懸けで冒険するあなたの味方です。
「笑われた。いや、嗤われた」
ポツリポツリ、彼女は零すよう言葉にしていく。
「意味がない、結果は見えている。誰だお前は、俺を誰だと思っている、と」
「悪役じゃないですか」
「後は言わずとも分かるだろう」
「はい。詐称していた奴は拘束魔法を自分にかけ、死んだ」
「自殺説は忘れてくれ」
俺は全て忘れたい。
「相手はSランク、激しい戦いになるだろうと覚悟した」
続けるなら分かるだろうって言っちゃダメ。
「問答無用。宣言し襲いかかった、不意打ちだ。ここは天下の往来、夜更けとはいえ戦う場所ではない」
「そりゃそうですが……」
改めてノーマンの死体に目を向ける。
実感がない。本当にあのノーマンなのか?
ノーマン、お前どこで死んでんだよ。
さっさと生き返ってバーバラに謝罪しろ。
「死んだ者は生き返らない」
「そうですね」
「一つ、あいつは弱点を抱えていた」
「なんです?」
「冒険者組合も知らんか」
初耳だ。Sランクは冒険者の頂点。弱点などあろうはず……詐称だが。
「あいつは女を傷つけられない。その力は魔獣と悪人にしか行使出来ん」
「そいつは……なんでそう思うんです」
「鞭で叩いたら白状した」
死人に鞭とほぼ同義。なんてレアケース。
「ボコボコにした後で、私は回復魔法も使えない。我を失い乙女心を盾にノーマンを手にかけた」
「そう、ですか」
全て白状してしまった。
事件は事件だが、決闘の成否が焦点。
そもそも女性とは戦えないノーマンが受けるはずはない。
だが、そんなことギルド職員の俺ですら知らなかった。
「あいつは自分を知っていたから、探索系の冒険者として生きてきた。私が擁護するのもおかしな話だが、この世の果てで探索する者が異性に飢えるのも分かる」
「そりゃ……だからって忘れていいとは……」
「そもそも約束を覚えていないのだから、私も傷ついた。少し、いやかなり傷つき過ぎたな」
血染めのバーバラは確かに殺人犯だった。だが、どうしてこう美しく映えるのだ。儚く散りそうな姿はとても特A冒険者とは思えない。凶悪犯にも。
「事情は理解しました」
「分かってくれたか」
「正直、捜査はしないでしょう」
「そうか。Sランクが死ぬのは都合悪いか」
「それもあります。他国や騎士団に知られるのはまずい。正統派が多い奴らは、弱点があると知れば徹底的に調べるでしょう。この街、いや地域一帯の勢力図が動きかねない」
地域の覇権、主導権争いの発端が痴情のもつれというのもいただけない。
「心中お察しします。決闘の成否は追ってお知らせします」
「成立しない。それより、大切なことを忘れていないか?」
小さな生き物のよう彼女はこちらを窺っている。まだ命の危険があるのだろうか。
「初デートが終わっていない」
「はい?」
「私は世間ずれした冒険者だ。拘束魔法と鞭とナイフ。ゴルフクラブで戦うしか能のない三十路手前の行き遅れだ」
「拘束のバーバラは我がギルドの誇りです」
「皆まで言わせるな。そこのノーマンが、私の初デートを返せっ! と私に責められた際、ギルドに頼めばいい、と言い残したのだ」
ノーマンお前何してんだ。最期に妙な気利かせやがって。
「デートをしたい」
「そうですか。庶務に取り次ぎます」
「ツヅキ、お前の名が出たぞ」
一陣の風が通り抜けていく。
「年頃近く、一度仕事をしたことがある。真面目な奴で最近彼女と別れた。あいつならお似合いだ、と」
バーバラのそれは死と薔薇を連想させた。
色づく何かは魔界の淵と変わらない。
「ノーマンの最期の言葉私なりに受け止めようと思う」
「いや確かに一度……違う、別人かもしれない!」
「彼女とはなぜ別れた。聞かせてくれ。別れとはなぜ起きる。好いた者同士なのに別れは必然なのか?」
三十路近いはずなのにバーバラは確かに可憐だった。実に危険な未確認危険生命体だった。言われてみれば年も近い。そうか、俺も三十になる。
「とりあえず今日は死体片付けましょう」
「ダメだ。決闘とデート、どちらがいい」
全く可憐じゃない。第六天魔王と完全に一致。断ったら俺だけでなく、叡山の如く俺の故郷は燃やされる。俺は殺人事件の現場に急行したんだが……。
解決法は一つしかない。
たかがギルド職員に過ぎない俺はこう言うしかないのだ。
「バーバラ嬢、デートはどこに行きたいですか?」
「任せる」
事件は無事解決した。
さあ新たな事件が待っている。
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