ゴールデンウィークは殺人鬼とクルーズ船 中編

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ゴールデンウィークは殺人鬼とクルーズ船 中編

 夜。月は黒くなっている雲に隠れて、大小さまざまな波が船にぶつかっている音だけが辺りに響いていた。  吹きつける風は冷たく、煙草を吸っている女性は身体を縮こませている。 「遅いわね、なにをしているのかしら」  丸くて赤い光をくねらせつつ、ゆっくりと女性が口から煙をはきだしている。扉の開く音が聞こえたからか、振り向くようにそちらに視線を向けていた。 「やっときたわね。こんなところに呼びだしたりして、なにか話でもあるの?」  律儀に扉を閉じている人間が、女性のほうに近づきながら唇を動かしている。  ああ。きみと言うか、その身体に用があるって感じかな。オープニングだから、できるだけ王道なやりかたをするように命令されてしまってね。  そんな台詞を口にすると、女性の目の前にいる人間は面白いことでも思いだしたように笑っていた。 「オープニング? 王道なやりかた? なにを訳の分からないことを言っているの」  女性は口から大量の煙をはきだし、冷ややかな。顔面を殴られた。  殴られた本人もなにが起こったのか分からないと言うような顔をしているが。女性の鼻はへしおれていて、少しこっけいだった。  おれまがっている鼻から血を垂らしながらもそれほどの痛みはなかったようで真っすぐに立っている。  いささか頭が混乱をしているらしく、女性は甲板の上に落としてしまった煙草を拾おうと手を伸ばし。 「え」  ようやく女性は自分の顔に異常が起こっているのを認識したようで、甲板のほうに伸ばしていた右手で鼻を触っている。  自分の鼻に触れると、女性は指先に静電気がながれた時と同じような動きをしていた。 「うそ。痛い。痛い、それに血も」  なん回か、自分の鼻を指先で軽く触れつつ女性は声を震わせている。 「な、なんの冗談よ」  前かがみになっていた女性が足もとをふらつかせながら上半身を起こし、目の前にいる人間を見つめていた。  自分の胸に手を当てて考えてみなよ。本当にそんなことをされるようなことをしたことがなかったのか?  そんな女性をなじる台詞を並べているが、その人間の顔には怒りも悲しみもなさそうに平静だが。 「もしかして浮気のこと? あ、あれは違うのよ。あっちが勝手に」  本当、きみはこっけいだな。女性の目の前に立っている人間が口もとを手で押さえて、肩を揺らしている。  その人間は、ただただ普通に笑っていた。
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