ゴールデンウィークは殺人鬼とクルーズ船 中編

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 顔を蹴り飛ばされた女性が甲板の上に後頭部を思い切り打ちつけている。意識が戻ったようで、うめき声を。小粒な歯が、また辺りに飛び散っていく。  その後も、人間であろう存在は女性をいたぶり続けた。反応がなくなるたびに顔を蹴り上げては意識を戻し。  意識を失っている女性の顔面を、なん回か蹴っているが反応がない。  ちっ。その人間は舌打ちをしていた。  ため息をつきながら、女性の上半身を起こして、その細い首に腕を引っかけている。  建てつけの悪い扉を、開閉する時のような不快な音だけが暗い夜の中に響いていく。  首の違和感にでも気づいたのか、意識が戻ってきた女性が両足をばたつかせ、首に引っかかっている腕にしがみついている。  つぶれている右目からも女性は涙をながしながら、心の底から願っている言葉をいくつも並べていた。  が、その声はどこか弱々しくて。 「こんな死」  奇妙な音色とともに、女性の身体は大きく揺れた。うつろな目つき、口からは泡を吹きだしている。  ちっ、汚いな。その人間は袖にくっついてしまった泡を取るために振り払っていた。  女性の遺体を引きずっていき船縁にもたれさせ、ポケットから取りだしたナイフでその腹を切り裂いていく。  腹からあふれている血のことは気にせず、その人間は女性の遺体を海に落とした。  空気の弾ける音が次第に小さくなり、女性の遺体がゆっくりと沈んでいく。  風の吹いている音だけが響いている。  女性の遺体が見えなくなると、その人間は船縁にもたれ、空を見上げていた。漆黒の空に数多の星が輝いている。  そんな景色を邪魔するように、白く細い煙が立ち上っているのが見えたのか、その人間が視線を落としていく。  ああ、煙草か。そう言いながら近づき踏みつけて、火を消すと自前の携帯灰皿に煙草に入れていた。 「羞恥心がそれほどないんだな」  暗くなっている窓の外を見つめていると、後ろからツチウラくんがそんなことを言ってきた。女の人の声が聞こえたような気がしたけど、空耳だったのかもしれないな。 「えっと、その恥ずかしいと思われるような服装を着させているのは目の前のかたのほうでは?」 「推理ゲームで最下位だったんだから、ペナルティなしと言うのも面白くないだろう」 「ものは言いようですね」  それにしても一位になったからとは言え、ツチウラくんが自分の部屋にわたしを誘ってくるとは。想像しているよりも、異性に興味のあるタイプだったり。 「そんなところに立ってないで、こっちで話でもしないか? せっかくチャイナドレスを着せているんだし」 「チャイナドレスは関係ないような」 「話をするのなら、近くのほうが良いと思うが?」
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