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黒い液体でもこぼしてしまったのかペンキを垂らしたような形でかたまっている。赤色も多少だが混じっているような気が。
もしかしたら、これは。
「あったあった。これか」
しゃがみこみ、船縁の汚れを見ていると。つなぎを着ているかっぷくの良い男性がお腹を揺らしながら後ろから近づいてきた。
立ち上がり、かっぷくの良い男性に一礼をする。モップやら色々な薬剤のようなものをもっているので清掃員なんだろうな。
「おはようございます。こんな、なにもないところにいるってことはお嬢さんもこれなのかい?」
かっぷくの良い男性が、煙草を吸うジェスチャーをしている。
「いえ。眠気覚ましですね。ところで、なにかあったんですか? ここで」
それとなく船縁にくっついている黒っぽい液体を見ていたようで、かっぷくの良い男性もそちらに視線を向けていた。
「ああ。ははっ、そんなに心配をするようなことは起こっておりませんよ」
まるで、お嬢さんが想像をしていることはフィクションの中だけで現実には起こらないですよ。
とでも言いたそうに、かっぷくの良い男性がお腹を揺らし、笑っている。
「昨夜、ここで喫煙をしていた女性がそこの船縁に顔を打ちつけて、鼻血をぶちまけたんだよ」
「痛そうな話ですね」
それじゃあ、あっちの焼けこげていた板もその女性が煙草の火を踏み消した時にできたのか。
そう言えば、昨夜。ツチウラくんの部屋で聞こえた気がした誰かの叫び声はその女性が鼻血をだしていた時のものなのかもしれないな。
「全くだよ。鼻がおれたみたいでね。裏かたのほうに回っているらしい」
「そうなんですか」
「お嬢さんも気をつけなよ」
そう言うと、かっぷくの良い男性は船縁の清掃をはじめた。もっていた薬剤をかけて、モップで拭いていくと面白いように黒っぽい液体が消えていく。
これだったら、あっちの焼けこげている板もきれいになるんだろうな。
なんだかお腹が空いてきていた。そろそろミオンさんも起きているだろうから、朝ご飯でも一緒に。
でも、多分ミヤシロさんも一緒にいるはずだし、邪魔をしないほうが良いのか。
「失礼します」
「ははっ。ごていねいなことで」
かっぷくの良い男性が笑顔をつくり、手を振ってくれた。わたしも真似をして同じ動きを。
なんとなくだが、かっぷくの良い男性とはもう会えないような気がしていた。
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