ゴールデンウィークは殺人鬼とクルーズ船 前編

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「ミオンさんは温かいですよ」 「カナデちゃんは甘えるのが上手だな」  先ほどの棒読みな台詞を口にしていた時とは全く違い、本当にくすぐったいようで声を震わせてしまっている。  思わず、ミオンさんからはなれようと身体が反応し、両手でお腹の辺りを押していた。 「ん、どうかしたの?」  楽しそうに声を弾ませているミオンさんが耳もとでささやいている。顔は見えないが、にやついてそうだな。 「別に。なんでもないです」 「そっか」  また、身体が大きく震えてしまう。さらに強くミオンさんのお腹を押したけど、むしろ喜んでいる気がした。  多分、サディストであろうミオンさんが満足するまで我慢するしかないのか。  ミオンさんに遊ばれた後、わたしはリンソウ大学に足を運んだ。今日は六限目だけ講義を受けないといけないので、時間になるまで図書室でヒマをつぶすことに。  書棚から数冊の本を抜き取り、近くの椅子に腰かけた。ページをめくっていると、わたしと向かい合わせになるように男性が座ってきた。 「やあ、オツノさん。久しぶり」  わたしと知り合いであろう人が話しかけてきた。誰だっけな? 記憶を遡ってみるが、忘れっぽいせいか思いだせない。彼がもっているリュックにも見覚えがないし。 「えっと、誰ですか?」  おー。人間って驚くと、本当に驚いた顔をするんだな。写真を撮ろうと思ったけど自主規制しておこう。すでに、おそらく知人である彼のことを忘れているんだし。 「カシハラジンです」  名前を聞いても知らない人だった。  わたしが失礼なのか、彼の存在感が薄いのか、どっちだろう? それほど考えるまでもなく悪いのはこちらか。  目の前に座っているカシハラくんは、女性のような容姿をしているので、一回でも顔を合わせたなら忘れないと思うが。彼がそんな変なうそをつきにくる理由もないはず。 「あ、カシハラくんか」  どこで会ったのかさえ思いだせないけど話を合わせることに。幸いにも、わたしの表情筋はあんまり動かないので気づかれないだろう。 「それで、なんの用ですか?」 「特にないよ。本を読んでいるオツノさんを見かけたから話しかけただけ」 「はあ。なるほど」  人懐っこい笑顔をしてくれているが、ヒマつぶしに話しかけてきたってことか。 「ミステリー小説。好きなの?」  わたしが開いている本を指差しつつ、カシハラくんが首を傾げている。 「いえ。六限目までのヒマつぶしで読んでいるだけです」 「そうなんだ。一緒なんだね」
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