ゴールデンウィークは殺人鬼とクルーズ船 中編

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 強引な話題の変えかたはお互いさまだな。とでも言っているかのように笑みを浮かべているツチウラくん。 「真紅、って殺人鬼のことは知らないな」 「そうですか。かなり名前の知れ渡っている殺人鬼なんですけどね、今も存命ですし」 「良かったら教えてくれないか? その真紅とやらについて」  殺人鬼に関してではなく、そっちのほうを詳しく聞かれたくなかったのか。 「それとも、おれの昔話でも聞くか?」 「せっかくですが、やめておきます。できることなら人間は後ろではなくて前を見るべきですからね」  おわってしまったことはどうにもならないんだから、なんて理屈では分かっていても。 「真紅と言う殺人鬼はですね、人の命を汚すのがきらいな人らしくて」  そうすることができないから後悔って感情があるんだろうしな。  かっぷくの良い男性は目を覚ますと、裸になっている自分の姿を確認していた。両手首を縛り上げられ、天井から吊るされている。特別な薬品でも投与されてしまい、指先一つ動かすことができないのか不安そうに目だけを揺らしている。 「これじゃあ、豚肉だな」  どうにか唇は動かせるようで、かっぷくの良い男性はそうつぶやいていた。  まるで、給食センターを見学している時のような気分だろう。  そんな台詞とともに、部屋の扉の開く音が聞こえてきたからか。かっぷくの良い男性がそちらのほうに視線を向けている。  給食のおばちゃんのようにエプロン、衛生帽子、マスクを着用している人間が。鼻歌を口ずさみながら、ゆっくりとかっぷくの良い男性のほうに近づいていく。  あの時は、楽しかったな。母が使っている鍋なんか目じゃないぐらいに大きいやつの中にカレーが煮立っていて、透明なガラス越しなのに。なんとも言えない良いにおいがしていた気分に。  どこか懐かしい子どもの頃のことを口にしている目の前の人間を気にせず、かっぷくの良い男性は自分の足もとを見つめている。  得体の知れない生きものが口を開けているようになにも入ってない大きな鍋がおかれていた。底が見えないほどに深いせいか、かっぷくの良い男性は身体全体から汗を吹きだたせているが。  薬のせいか想像を絶するほどのきょうふは人間の頭をまひさせてしまうのか、どこか落ち着いついた表情をしていた。  薬が効いているみたいだな。普段ならば、そんな顔つきはさせないんだけど今回は特別だ、許してやる。  そう言うと、かっぷくの良い男性の目の前にいるエプロン姿の人間は、すぐ近くにあるテーブルのほうに移動をしていた。  かっぷくの良い男性もテーブルがあることは先ほどから分かっていただろうが、その上にのっている道具を認識したくないために。  エプロン姿の人間がテーブルの上に並んでいる道具の一つである大きめのナイフを握りしめている。常に、人肉を切り刻めるように研がれていたのか、あやしくも美しく刀身が輝いていた。  美しいだろう?
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