ゴールデンウィークは殺人鬼とクルーズ船 中編

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「ああ。個展を、開いてほしいくらいだよ」  エプロン姿の人間の言葉にかっぷくの良い男性は冗談まじりにそう答えている。もっているナイフの美しさに感動でもしたようで、涙をながしていた。  心配しなくても、あなたもその作品の一部になれる。今日はアーティスティックな気分なんでね。  鼻歌を口ずさみつつ、かっぷくの良い男性に近づくと。エプロン姿の人間は血抜きでもするように、陰毛に覆われてる小汚いものを切り落とした。  鍋の深い底に吸いこまれると小汚ないものが生えていた部分から勢いよく血が噴きでていく。  かっぷくの良い男性は痛みを感じないようで、ぼんやりと見下ろしている。  あるていど血がでたのを確認すると、エプロン姿の人間はかっぷくの良い男性の身体にナイフで一本の線を引いた。  頭。額。鼻。唇。のど。胸。腹。唐竹割りをしたように、真っすぐな赤い線が刻まれていく。背中のほうも同じようにナイフを振り下ろしている。  かっぷくの良い男性の正面に回りこむと、エプロン姿の人間はナイフで右目をえぐりだした。  切り刻まれるだけの家畜のお前には、片目だけでもぜいたくすぎるくらいなんだがな。  えぐりだした右目を鍋に捨て、かっぷくの良い男性の右足の爪を小指から順々にナイフを使ってはがしていく。  右手も同じようにめくっているが、やはり痛みはないよう。頭皮も右半分だけ引っぺがされている。 「ああ。なるほど、おれの右半分だけを骨にするつもりなんだな」  かっぷくの良い男性が、なにかを理解したかのように唇を動かしていた。  その通りだ。理科室の人体模型を想像してくれ。骨だけのやつと、ちゃんと肉体があるタイプのもの。それぞれ真っ二つにして合体させる感じだな。  自分の考えを分かってくれる存在に会え、きげんが良いようでエプロン姿の人間が声を弾ませていた。 「どうせなら美しい標本にしてくれよな」  分かっている。あなたは半分だけだが完璧だったからな、そうするだけの価値は十分にある。  エプロン姿の人間の言葉の意味を考えているのか、かっぷくの良い男性は目をつぶっていた。  骨から肉がはなれていき、ながれている血が鍋の中に落ちていく。決して心地の良い音ではないはずなのだが、かっぷくの良い男性は欠伸をしている。 「はっ。これが、本当の半死半生だな」  左目を開き、かっぷくの良い男性は自分の右半身のほうに視線を向けていた。 「見るまでもなく風通しが良くなっているのは分かるんだが。意外とばらばらになったりしないものなんだな、骨ってのは」  それとも、この身体を切り刻んでいるあんたの腕が相当なものなのか? と、かっぷくの良い男性は続けている。  目の前の作品を仕上げるのに夢中になっているせいかエプロン姿の人間はだまったままでいた。
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