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カナデの好意であろう動きに戸惑っているようで、マヤはかたまっている。が、目の前のエビフライがとても魅力的なのか、のどを鳴らしていた。
「カナデさんがどうしてもわたくしに食べてほしいのなら、食べてあげますけど」
いささか、マヤの言っていることが分からなかったようで、カナデは首を傾げている。
「えっと。じゃあ、どうしても食べてほしいので食べてもらえますか」
傾けていた首をもとに戻しつつ、カナデは淡々と唇を動かしていた。
「誰に食べてほしいの?」
「カミシロさんに、です」
なんの感情もこもっていない、シンプルな台詞のはずなのに。マヤはうれしそうに笑みを浮かべている。
「他人になにかを食べさせたい時は確か、うにゃーんって言ったと思うんだけど?」
「あーん、だったような。ま、カミシロさんがそっちのほうが良いのなら、それで」
うにゃーん。と言うのは恥ずかしいとでも思ってしまったのか、カナデがマヤから目を逸らしている。
「う、うにゃーん」
声を震わせながら、カナデがそう言うと。小気味の好い音を鳴らし、マヤがエビフライにかぶりついていた。
「まあまあね」
「ありがとうございます」
「ん。カナデさんがつくったものなの?」
「そうですね。お、兄さんは料理が下手なので普段から」
カナデが箸でつまんでいる、エビフライの残りを。マヤは口の中に入れて、頬をふくらませている。
いきなりのことだったので驚いているのかカナデはなん回もまぶたを開閉させていた。
「やっぱり、美味しかったわ」
唇にくっついていたエビフライの衣をなめ取り、マヤはほめている。
「それは良かったです」
「なにか食べたいものはありますか?」
カナデからエビフライをもらった、お礼のつもりなのか、マヤが自分の小さな弁当箱を差しだしていた。
「そんなに少ないのに、取っちゃったら」
「エビフライをもらったんですから同じものを返すのが礼儀かしら」
そう言いながら、マヤは赤く小さなエビをカナデの口の中に入れている。
「ほら。もっと奥に入れないと、エビを落としてしまうわ」
唾液がつくのも構わず、カナデの唇の隙間をすり抜けるように箸をゆっくり押しこんでいるマヤ。
「美味しい?」
「ええ。美味しいです」
箸を引き抜いて、うれしそうに笑っているマヤの言葉に、カナデは軽く首を縦に振っていた。
「それよりも良かったんですか? せっかくのきれいな箸にわたしの」
「自己評価が低いのね。今、この箸をオークションにだしたら、家が建つくらいの値段がつくのに」
「それは、かなり大げさかと」
あの兄さんだったら、それくらいの値段をつけてしまうかもしれないですが。とカナデは続けている。
「この間は、ごめんなさいね」
しばらくだまっていたかと思うと、なんの前触れもなくマヤはカナデに謝罪の言葉を口にしていた。
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