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犬の被りものをしているので、今のぼくの考えが分かった訳でもないだろうけど。全てを見透かしているかのような笑みを浮かべている彼女。
「言葉が足りませんでしたね。警察に通報をしないように、わたしを殺さないと。ガードマンさんはつかまってしまう」
また、のどになにかが引っかかったのか。なん回か、せき払いをしてから。
「だから、わたしを殺さないといけない」
彼女が念を押すように。ぼくが一番、聞きたくなかったであろう部分をゆっくりとくり返している。
「わたしの説明は下手だったと思いますが、ガードマンさんは理解できましたか?」
理解なんて、一つもしてないのに。ぼくはうなずいていた。それを分かってしまえば、おそらく壊れてしまう。
だから、ぼくはうなずいていた。
ただ頭をマヒさせて、ゆっくりと首を縦に動かしていたんだ。
「良かった。頭の良いガードマンさんで」
犬の被りもの越しに、彼女が優しく後頭部の辺りをなでてくれている。
「良い子良い子。どんな風にわたしを殺してくれるんですか。絞殺? 刺殺? 撲殺? それとも全く違う殺しかたですか?」
「い、ますぐじゃ」
「すみません。少し聞こえづらかったので、もう一回。言ってもらえますか」
声をだしたつもりなのだが、犬の被りものをしているせいで聞こえづらかったようで、彼女が耳を傾けていた。
「い、今。今すぐじゃ、ないですよ」
「あー、ええ。それは分かってますよ。色々と準備しないといけませんし、わたしもそこまで鬼じゃないです」
笑っているようで、彼女のほうから声が。
「三日」
「え?」
今、彼女が唇を動かしているように。
「聞こえづらかったですか。だらだらされるのもあれですから、残り三日だと。わたしは言ったんですよ」
「三日。な、なにを?」
「わたしを殺すことを、ですけど」
どこか身体が痛むんですか? ガードマンさん。と、ぼくが荒い呼吸をくり返しているからか彼女が心配そうにしている。
「時間はまだありますが。できないなら良いですよ。今回はぐうぜんですからね。わたしも、殺されたらラッキーていどにしか思ってませんから」
ぼくの背中をなでてくれている彼女が。
「でも。ガードマンさんは絶対にやらないといけない」
つきはなすように、耳もとで言っている。
「わたしを殺さないとガードマンさんは警察につかまってしまう。あなたのような善良な人間が、少し魔が差しただけなのに。本当にこの世界は残酷ですよね」
他人ごとのように口にしている彼女の声はあの時に聞こえてきた、なにかと似ていた。
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