6人が本棚に入れています
本棚に追加
「待たせてしまったようだな」
「いや。いやいや、普通は向き合うべきじゃないんだよな。彼女が言っていたように魔が差した時にしか」
「もう良い。おわったことだ」
耳もとで聞こえているなにかの声も、彼女の色んなことも、ぼくには関係がない。
「だったら、こんな風に自問自答する意味もないだろうが」
そう口にしながら、ぼくは犬の被りものを外していた。これはもう必要ない。
「その通りだな。自問自答も、この犬の被りものも今のぼくには必要がない」
あれだけ彼女を殺すことに動揺をしていたのに覚悟するだけでここまで変われるのか。
「正当化の間違いだと思うがな、殺人鬼」
ぼくの唇が勝手に動いていやがる。
「それも分かっているさ」
一応、返答をしておいたが。もう、ぼくの唇が勝手に動くことはなかった。
そんなことよりも、腹が空いた。そうだ、久しぶりにホットドッグでも食べようかな。
彼女に殺すようにお願いをされてから三日目。最高の目覚めとまでは言わないが、これまでの寝不足を補うように眠れた。
寝苦しくはなかったけど一つだけ誤算が、寝すぎてしまったみたいだな。
もう、昼をかなりすぎている。死にたがりの彼女なら朝食がなくても平気だが。
「ま、今さらか。どうせ殺すことは確定しているんだから時間を気にしてもな」
なんて言いつつソファーから起き上がり。洗顔と歯みがきをしてから遅めの朝食をいただくことに。
小学生が下校でもしているらしく、窓の外から楽しそうな笑い声が聞こえている。
車でも通ろうとしているのか、子ども達にはやく家に帰るように声をかけている年配の女性の声も。
ん、ああ。雨が降ってきているからか。
そう言えば、あの日も雨が降っていたな。
マグカップにコーヒーを注ぎながら、黒くなってきている雲を見上げていた。どこかに雷でも落とすつもりなのか、音が。
この朝食がおわったら彼女を殺すのに落ち着いているな。好きだった人がいなくなってしまうのに、涙も。いや、泣いてはいるな。
黒く染まっているであろう瞳から、あふれている涙を指先で拭い。マグカップに入っているコーヒーを飲んでいく。
「苦い」
彼女がぼくのためにつくってくれた、あのいびつな甘ったるいクッキーが食べたい。
殺す前に、彼女に頼んでみようかな。多分だけど、つくってはくれないだろう。
最初のコメントを投稿しよう!