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一時的な退院
小さい頃、ほとんどずっとお母さんにべったりとくっついていたからなのか、そのやわらかな手の感触を覚えている。
その頃のわたしは転ぶことが多かったので常に手を握られていたとかなんとか兄さんが言っていたような。
そのやわらかな手を、わたしは小さな口を大きく開けて食べている夢を見ていた。
骨つきのフライドチキンを食べるように、口の周りを血で真っ赤にしながら。
「カナデ。平気だから、お母さんは手を食べられたくらいじゃ死んだりしないわ」
目の前には、右手があったところから血をながしているお母さんが、わたしの頭を左手で優しくなでてくれている。
「さっさと食べさせろ。まだ今日のノルマが残っているんだから」
お母さんの近くに立っている大きな人間をこわがっているようで、わたしはその小さな身体を震わせていた。
「カナデ。気にしなくて良いのよ。ゆっくりと自分のペースで」
鈍い音、だったな。その頃のわたしには、分からなかったけどブラックジャックと呼ばれている武器で大きな人間はお母さんの頭を叩いている。
「お母さん」
脳が揺れ、身体がふらついているお母さんを心配しているのか、わたしは顔を見上げていた。
「ふふっ、平気平気。痛くない痛くない」
また、鈍い音が響く。なん回も、そんな音が聞こえてきたのに。本当は、痛かったはずなのにお母さんは笑っている。
「ほら。食べおわったなら、次はこっちだ」
確か、あの時は大きな人間に、別の部屋に引きずられていた気もするけど夢を見ているからか、一瞬で場面が変わっていた。
目の前には、ベッドの上で横になっているお父さんが。大きな人間から、ナイフをもたされている。
なにを言われたのかは分からないが、その頃のわたしにとって、いやな言葉だったのか首を横に振っていた。
「昨日も言っただろ。きみがやらなければ、お父さんとはさようならだよ」
「やだ」
「そう思うのなら、やるしかないんだ」
「う、うう」
その頃のわたしなりに、どうしようもないことは理解をできてしまったようで泣きじゃくっている。
「カナデ。刺すんだ、思い切りな」
ベッドから声が聞こえてきたからなのか。うずくまっているわたしが、ゆっくりと顔を上げていた。
「お父さんが強いことはカナデも知っているだろう? だからな、そんなていどじゃ死んだりしない」
「そんなの、うそだよ」
「うそじゃないさ。お父さんは」
んーん、やっぱりうそつきだったよ。
だって、もうお母さんも、お父さんも。
「よっ。オツノ、こわい夢でも見たのか」
叫んだりはしてないが、病室のベッドの上で跳び上がるように起きたのに。
傍らにおいてあった、パイプ椅子に座っているミヤシロさんが笑みを浮かべている。
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