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 11月半ばのこと。東京から名古屋まで走り、名古屋で再び荷物を積み込んで、千葉の夕凪浜にある倉庫まで走ることになっていた。アルコールチェック、車両点検、渋滞情報の確認を淡々と済ませ、約5時間かけて名古屋の倉庫へ向かい、数時間待機して翌日午前1時に再び倉庫を出発したところまでは良かった。千葉へ向けて30分ほどトラックを走らせた辺りで急に吐き気が込み上げ、運良く近くにあったサービスエリアに入った。幸い駐車場にも空きがあり、陸は車内に吐瀉物をぶちまけずに済んだ。口元を押さえつけながらトイレに駆け込む。  ――またか。前もこうだった。あの時は体調不良で別の人に代わってもらったけど……もう同じ手は使えない。  そんなことを考えながらとぼとぼ歩いてトラックに戻ると、陸は静かに深呼吸した。大丈夫だから落ち着けと何度も自分に言い聞かせる。  ――ただ思い出の場所ってだけだ。今度は1人で行く。それだけじゃないか。情けないにも程がある。    彼が精神的に健康だと言い難い理由は、3年前に突如訪れた婚約者との死別にあった。名前を美海というが、彼女は結婚式をあげる1週間前にこの世を去った。喪失感はいつまで経っても薄まらず、むしろ苦しみは増すばかりで、時間は何も解決してなどくれなかった。 「今度こそ、絶対に……」    つらい現実から逃がれるための自分本位な発想であることはわかっているつもりだった。陸はぼそりと呟いてからエンジンをかけ、気合いを入れるように力強くハンドルを握ると、サービスエリアを後にした。  闇を突き破るように、夜の高速道路をトラックは進む。じきにぽつりぽつりと雨が降りはじめ、フロントガラスに水滴が増えていく。   「降らない予報だったのに」  陸がワイパーを動かしたのとほぼ同時に、突如その声は助手席から聞こえてきた。 「あーあ。見事な死相が出ています」  反射的に助手席に目を向けると、全身真っ黒なスーツに身を包んだ黒髪の女が座っていた。 「うわっ!?」  人間ではない――そう本能が告げていた。そのあまりの異様さに、心臓が口から凄まじい勢いで飛び出しそうになった。 「えっと、えっとえっと……」    陸は半ばパニックに陥りながらも、なんとか速度を保ったまま運転を続け、ありったけの勇気を振り絞ってその不気味な女に話しかけた。  
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