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「何だお前っ……いつから乗ってた? どうやって入った? さっきまでいなかっただろ?」
震える声で尋ねると、女は表情ひとつ動かさずに「たった今、あの世からやって来ました」とだけ答えた。
「ふざけてるのか……?」
「いいえ。私は『死』です。死はふざけたりなどしません。よく見てください」
女はそう言うと、窓ガラスを指差した。窓ガラスには女の姿が映っていない。陸は全身に鳥肌が立つのを感じた。
「驚きましたか? よく驚かれます」
『死』は淡々と言う。長い髪で顔がよく見えず、とにかく不気味で仕方がないが、それよりも急に脅かされたことに陸は段々と腹が立ってきた。
「よく驚かれるなら何か対策しろよ。死相どころか、お前のせいで死ぬだろ。急に出てくるな」
「頭か、もしくはつま先からじわじわと出てきた方が良かったですか? ちょっとやってみます」
当然のように死の下半身が消え始めた。やはり人間ではないのだと陸は確信した。
「やめろ! それはそれで意味がわからなくて怖いだろ! 第一……」
陸はそう言いかけ、ハッと息を呑んだ。死と目が合ったのだ。道路脇の街灯の明かりに照らされたその顔には見覚えがあった。
「美海に似てる」
死は3年前に死んだ美海に瓜二つだったのだ。瓜二つと言っても、髪型や態度、不気味な雰囲気等は全く似てなどいないのだが。
「ミウ? 誰です?」
「3年前に死んだ彼女」
「へぇ、どれくらい似てます?」
「そうだな。3年くらい美容院に行かず、1週間くらいろくに飲まず食わずで、5徹くらいして感情を抜き取られたらこんな感じになるはず」
陸が言うと、死は少しムッとしたように、微かにだが眉間にシワを寄せた。
「……失礼ですよ。それに残念ながら私は美海さんではありません。死は見る人によって姿形が変わるのです。老人の姿の人、黒い犬の姿の人、漫画に出てくる死神のような黒ずくめ骸骨の人、一番会いたい人……色々です」
「何だ違うのか。『死』って、要は死神だろ? まあ、確かによく見たら別人か。あの人はもっとふっくらしてて愛嬌があって、キラキラした目をしてた。クソ。どうせならもっと似せられないか……」
「嫌でしょう。ふっくらして愛嬌があって生気に満ち溢れた目をしたかわいい死なんて。みんな問答無用であの世行きです」
死の言葉に、陸は引っ掛かりを覚えた。
「死神が見えたら問答無用であの世行きなのは当然じゃないか?」
現に陸には『見事な死相』が出ているのだ。死ぬことは確定事項ではないのか。陸が考え込んでいると、死は小さくため息をついて説明してくれた。
「死相って、言うほど当てになりません。死相が出た数分後に死ぬ人もいれば、数十年死相を出しっぱなしにしている変な人もいます。そしてもちろん死相が消えた人も……あなたが死ぬかどうかはまだわかりません。ただ私は『死』としての仕事をしなければなりませんので、あなたが死ねばあの世へお連れしますし、死相が消えれば去っていきます」
「何で頑なに『死神』と言わない」
「私は『神』なんかじゃありませんから」
死はそう言うとそっぽを向いて押し黙った。
「ふーん。死相、たぶん消えないと思うぞ」
消えずにそのまま死ぬのだろう。そう思った。事故死か、日頃の不摂生故の病死か、それともやはり……
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