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ひと気のない海浜公園の駐車場に、1台の4tトラックが停まっていた。エンジンは切られた状態で、運転席にも後ろのベッドスペースにも人の姿はない。日は海の向こうへ沈み始め、秋の虫たちが一斉に鳴き始めている。
――確か駿河湾って、急に深くなってるんだよな。
トラックの主、谷内陸はテトラポットの上にいた。目は虚ろで隈があり、まだ20代だというのにいくらか老け込んで見えた。彼はじっと黒い海面を見つめながら、自分の命のやり場について頭を悩ませていた。
――溺死っていうのはどれくらい苦しいんだろう。しっかり苦しまなきゃ困る。あの人はもっとずっと苦しかったはずだから。
そんなことを考えながら、海水に右足を一歩踏み出そうとした時、紺色の作業着のポケットに押し込められたスマホが振動した。
「なんだよクソ。空気を読め」
無視しようかと思ったが、あまりにしつこく鳴り続けるのでどうしても気にかかり、陸はポケットから震えるスマホを取り出した。画面には「父」の一文字。
「もしもし」
「ああ、陸か! やっと出たなお前! もしかして運転中だったか?」
「いや。休憩中だった」
「そうか。そうか。いやー、母さんが電話しろってうるさいんだよ。元気にしてるか?」
陸はたった今自分がしようとしていたことを少しだけ後悔した。
「元気……ではないかもしれない」
正直にそう言う。元気だと白々しい嘘をついてもどうせバレることはわかっていた。
「そうか。そうだよなぁ。あれからたった3年だし……まあ、なんだ。仕事は忙しいだろうが、疲れたらいつでも帰ってこい。待ってる」
「……言われなくても、年明けには帰る。なんとか休みが取れそうだし」
少しかすれた声を絞り出す。目の奥が熱くなるのをどうにか誤魔化そうと大袈裟に瞬きを繰り返した。
「そうだ、母さんにも代わろう。どこかな」
「いや、もう戻らないと。また今度……また今度連絡する」
「そうか。じゃあ、気を付けて運転しろよ。うっかり死ぬんじゃねぇぞ!」
陸が何か返すよりも先に、プツリと電話が切れた。
「……勝手な」
陸はぼそりと呟いてスマホをポケットに戻すと、駐車場で孤独に待たされているトラックに向かって歩き始めた。
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