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訝しげに眉根を寄せたエルザに対して、男はふわりと微笑んでみせた。
おもむろに、男はエルザに近づく。彼の着崩した白いシャツの襟元から覗く鎖骨が、妙に色気を帯びていた。
「ちょっと、いったいどうし」「お姉さん、いいにおいがする……」
「……は?」
『ゥボァァアアアァァ!!』
男の発言の意味を理解する間もなく、別の場所から雄叫びのような奇声が町中にこだました。
エルザは瞬時にその方角へと顔を向けた。
それは最初にうめき声をとらえた方角とほぼ同じである。
――こいつの気配に惑わされるなんて!
どうやら追跡の途中でまぎれこんできた男の気配に気を取られ、目標を見誤ってしまったらしい。エルザとしてはとんだ失態である。
「チッ!」
エルザは忌々しげに舌を打ち鳴らすと、目の前できょとんとしている男に向きなおる。
きょろきょろとしながら目をぱちくりとさせているこの男には、危機感というものがないのだろうか。
「仕方ないからついてきて! でも邪魔だけはしないで!」
「え!? ちょ、お姉さん!?」
そう言い捨てるや否や、エルザは声のしたほうへ向かって走りだした。
べつに男のことは置いていってもよかったのだが、一人にしている間に別のグールに襲われでもしたら面倒だ。上に知られたらなにを言われるかわかったもんじゃない。
特にアルヴァーは、隊長室で延々と説教を始めるに決まっている。
――そんなのは御免よ。
あまり気は進まないが、連れていったほうが無難だろう。目に見える範囲にいてもらったほうが、万が一のときも対処しやすい。
急に駆けだしたエルザを追いかける男の気配を後方に感じながら、彼女は区域の奥へと向かっていった。
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