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「っ! エルザ・バルテルス! 聞いてんのか、てめぇ!」
いっさいの反応を示さないエルザに、アルヴァーのいらだちが弾けた。
むき出しの土壁に彼のこぶしが叩きつけられると同時に、怒号が地下牢全体に響き渡る。
だが、それでもエルザの感情を揺さぶることはできなかった。
顔のすぐ横をこぶしが風を切って通りすぎても、誰もが怯みそうな鋭い視線を向けられても、彼女はまるで他人事のように脱力したまま。
互いの視線は交わることはない。
「くそっ、お前わかってんのか? 今、ルティスとドミニクさんたちがお前の容疑を晴らすために本部に行ってる。お前がヴァンパイアの居所さえ証言してくれりゃ、それで全部丸くおさまるんだ」
エルザはスパイ行為などしていない。
自分たちを裏切るはずがない。
彼女をよく知る者たちは、誰もがそう信じていた。
それなのに当の本人がなんの弁明もせず、ただされるがままになっていることが、アルヴァーには我慢ならなかった。
「……なぁ、なんとか言えよ」
アルヴァーの声が、震えていた。
唇を噛みしめて、彼はエルザの肩口へとひたいを寄せる。
彼女の呼吸する音が、かすかに鼓膜を揺らした。
生きているのに死んだように動かないエルザに、アルヴァーのいらだちはつのる。
「いつもみたいに、嫌みのひとつでも言ってみろよ! エルザ!!」
アルヴァーの悲痛な叫びだけが、地下にむなしく響いていた。
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