第1話 『はい』は一回

3/4
前へ
/211ページ
次へ
 次の瞬間、アルヴァーの顔面に向かって勢いよく右足が蹴り上げられる。 「っ!?」  黒い革のブーツが風を切る。  風圧でアルヴァーの前髪が揺れる。  エルザの足はしなやかな動きで、彼の鼻先寸前でピタリ、と止まった。  反射的に息をつまらせたアルヴァーに、エルザは勝ち誇ったように笑みを浮かべてみせる。 「本部で幹部やってる父親のおかげで、楽できるものねぇ、?」 「いいいいいいまはそれ関係ねーだろ!!」  微動だにできぬまま懲りずに反論するアルヴァーだが、どういうわけか視線が不自然に泳いでいる。  蹴り上げたままの足の向こうで顔を赤くしているアルヴァーを、エルザは眉間にしわを寄せて訝しんだ。 「あんた、なに赤くなってんのよ」 「べべべ、別に!? 赤くなんてなってねーよ!」  そうは言いつつも、アルヴァーはエルザから視線をそらしたままである。 「……なんだってのよ、気持ち悪いわね」 「んなっ!?」 「二人とも、またやってるのかい?」 「「ルティス!」」  アルヴァーの不審な挙動に眉根を寄せていれば、静かにひらいたドアからルティス・ブロムダールがあきれたように声をかけてきた。  襟のラインは金が二本、言わずもがな(イースト)支部の隊長である。  つい先ほど部下から受け取ったばかりの報告書に目を通しながら、彼はうなじの上でひとつにまとめた淡い水色の髪を揺らしつつ、なに食わぬ顔で二人の横を通りすぎた。  そのままアルヴァーの背後にある執務机につくと、ルティスはエルザに向かってふわりと微笑んでみせる。 「……エルザ」 「なに?」
/211ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加