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第2話 昼番終業五分前
自身を呼び止める声に嫌々ながらも振り返れば、多くの部下に慕われる温厚な隊長はにこやかな笑みを浮かべている。その手には、使い込まれた茶色い革のファイルがひとつ。
エルザの観察眼がたしかならばそれには、先ほどまで彼が目を通していた報告書がはさまれているはずである。
「はい、エルザ。お仕事」
「はぁ? アルヴァーにやらせればいいじゃない!」
本日のエルザは昼番だ。そしてうずくまったままのアルヴァーは夜番である。
昼番の待機時間は終わったはずなのだから、必然的にこれは夜番の仕事となるはずだ。
意味がわからないとばかりに、エルザはルティスに向かって眉を寄せる。いくら上官であろうがお構いなしである。
「僕の時計は、まだ昼番終業五分前♡」
そう言って彼がポケットから出した銀の懐中時計は、たしかに終業時刻の五分前を指していた。
つまりはまだエルザの待機時間なわけで。この仕事は必然的に、昼番である彼女の任務となるわけである。
「……」
「……ざまぁ……。ってぇ!?」
八つ当たりついでに、エルザは足元の男に再度蹴りをお見舞いしてやった。ブーツのつま先が脇腹に入ったので、相当痛いはずだ。
アルヴァーが涙目で床をのたうちまわっているが、そんなもの無視である。誰かさんが性懲りもなく隊長室に呼び出したりしなければ、定時ですんなり帰れていたのだ。
「エールザ」
「……ったく、了解しました」
そう言って、エルザはルティスの手から報告書の入ったファイルを引ったくる。
「どーせ、死に損なったグールでしょ」
はさまれた報告書をペラペラとめくりながら、エルザは羅列された文字に目をすべらせた。
調査チームからの所見には、やはり基本情報から予想できうることしか書かれていない。
「だからって油断すんなよ?」
「あんたに言われたくないわよ」
床を這ってソファーにたどり着いたアルヴァーに、エルザは背中を向けたまま悪態をついた。
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