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今までかなり自分の中でも無理をしていた。しかし、自分のわがままで家を出て、恋をしたつもりで、結婚までしたのだ。その最後がこうなったからと言って、彼に電話をしたことは卑怯なのではないか。
「沙織?」
電話をしたにも関わらず、なにも話さない私に、心配そうな彼の声が聞こえた。
「陸翔兄さま、お久しぶりです」
そんなありきたりの言葉しかでなかったが、なんとか涙声をかくして努めて明るく言ったつもりだった。
秋元陸翔は、父の会社の副社長であり、父がもっとも信頼している人だ。本人も世界的電気メーカー秋元グループの次男であり、私も小さいころから家族ぐるみの付き合いだ。
小さい頃は、本当に兄だと思っていたこともあり、今でも兄さまと呼んでしまう。
「どうした? 何かあったんだろ?」
何年も音信不通だった私の電話に、彼がそう思うのは当たり前だ。
「いえ、あの」
「沙織」
言いよどんだ私に聞こえた、鋭い声。昔から陸翔兄さまには隠し事などできない。
「実はちょっと喧嘩をしてしまって……」
喧嘩というレベルではないが、私がそう言葉を選んでいうと、陸翔兄さまが小さく息を吐いたのがわかった。
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