579人が本棚に入れています
本棚に追加
「今はなにをしてるんだ?」
追い出された。困り果てて彼に電話をしていた。しかし、そう言えば心配をさせてしまう。冷静になればスマホがあればタクシーも呼べるし、ホテルも泊まれるだろう。
「大丈夫です」
「答えになってない」
何をしているという問いに、大丈夫という答えは、確かに間違っている。
「沙織」
鋭く問われ、私は静かに「外にいます」そう答えた。
「すぐに行く」
陸翔兄さまならそう言ってくるのはわかっていた、でも、彼には妻がいるはずだ。私のために動いてもらうのはよくない。
「あの、本当に急にごめんなさい。大丈夫だから」
「動くな」
言い掛けた私の言葉を遮り、それだけを言われて、電話は切られていた。
「頼る人……間違えたな……」
六歳年上の彼には、ずっと付き合って婚約していた女性がいた。兄と呼ぶのも私と彼の距離を取るためにした、私自身のけじめでもあった。
そう、陸翔兄さまは私の恋焦がれていた人だ。報われない気持ちから、逃げたくて芳也の明るさに縋った。芳也といて、彼のことは忘れたし、もう気持ちはないと思っていた。
最初のコメントを投稿しよう!