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口元を歪め、目尻が下がって心底嬉しそうに私を見下ろす。
え? その異様な雰囲気に違和感が生じた。どうして笑って?
旦那……さま?
「ああ、これで君とはサヨナラだ。今後私は『愛する妻を失った可哀想な夫』として社交界で噂になるだろう。みな私に同情してくれる、優しくしてくれる」
「なに……を」
「ほとぼりが冷めてから愛人を正妻に迎えるつもりだ。ああ、……ここまで本当に長かった。本当はこんなことを口にすべきではないのだけれど、それが野良魔女様との契約だからしょうがない」
なにを……言っているの?
意識が朦朧する中、夫は冥土の土産と言わんばかりの自らの罪を告白した。まるでその工程を踏むことが義務かのように聞こえる。必死に詳細を語る夫の姿は、悪魔以外の何者でもない。私を殺そうとしたのは間違いなく、旦那様だわ。
どうして、愛妾を設けるだけではなく夫人として邪魔だと?
今まで旦那様の領地経営を、屋敷管理を……頑張ってきたのに……。あんまりだわ。こんな最期を迎えるために、今まで頑張ってきた訳じゃない。
消えゆく意識の間際に、誰かの手が私の喉に触れる。それは旦那様とは違うと、なんとなく思った。
『面白い魂の色合いだわ。生き残ったら、私の従魔になってくれないかしら?』
男の声だったけれど口調は女性で、憐れみとか同情でもなく、たった今思いついたような言い回しに……なんだか、フッと笑ってしまった。
こんな終わり方をするなら、もっと自由気ままに……生きれば良かった。
体が重い。
瞼を開けることもできない。底なしの海に体が落ちていく感覚がする。光が薄れて、深い闇に体の感覚が消えていく。
これが死? 私はまだ何かやり残したことがあったような?
旦那様への報復? それとも離縁?
違うわ。そんなんじゃない。もっとずっと昔からやりたかったこと──。
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