45人が本棚に入れています
本棚に追加
3. 修羅場は突然に
飛び込んできたのは夫であるフィリップ・オルストンだった。パーティー会場で見た正装のまま、ズカズカと病室に入ってくる。後には修道服の少女たちや衛兵が控えているのが見えたけれど、あの手この手を使って入り込んだのね。
夫は外面がもの凄くよかったのを思い出す。絶賛、良い夫を演じているのだろう。わざとらしく涙を浮かべているわ。
「ヘレナ、無事で良かった! ああ、本当に奇跡だよ」
「ひっ」
大股でベッドに駆け寄って私を抱きしめようとする夫に、思わず身が固まってしまった。その反応に夫の眉がピクリと動き、笑顔もヒクつく。今の反応で私の記憶があることに気付かれたのかも。
しまった。殺そうとしていたことを証言される前に確認しにきたって言うのに、体が拒否反応を──このまま屋敷に連れ戻されたら、確実に殺される!
「──っ」
「ああ、記憶が混濁しているのかな。迎えに──」
笑顔が歪んだのを見ていたのか、ミハエル様は素早く私の前に立ち塞がる。
ミハエル様、貴方は天使ですか!? 天使ですね! 間違いなく私にとっての天使です!
「オルストン子爵。いくら現段階で夫婦だったとしても、ノックも無しに入ってくるなど、些か不躾ではないですか」
「これは神官様。大変申し訳ありません。妻が目を覚ましたと聞いて……思っていた以上に気が動転していたようです」
「彼女は目覚めたばかりです。現在はご家族だろうと面会謝絶と、お伝えしていたと思うのですが?」
ミハエル様は口調も言い回しも柔らかいが、笑顔にも関わらず圧が凄まじい。というかこれは怒っているわね。『言い訳は良いからさっさと消えろ』というオーラが見える。うん、この物腰が柔らかな方を怒らせてはいけないわ。
それでも夫は食い下がった。まあ、そうよね。口止めしておかないと、自分の身が危ないもの。なんでこんな人を大事にして、身を粉にして働いていたのかしら。
最初のコメントを投稿しよう!