飼育員のオッサン、魔物に拐われて画家になる

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妻のため、老いる自分のため、もしかしたらできる子どものためにと、ふんわりとした何かを見据えてきた。 真面目にひたむきに丁寧に生きてきた。 己の欲が、まるでないように振る舞ってきた。 けれどどうだろう。 なにもかも突然に、私の元から去っていく。 妻はどこかへ。 ヒポグリフたちも、死んでしまう。 小さい頃に夢見た画家もそうだ。 大好きな父を怒らせてしまった反省として、夢は諦めた。 趣味として、未だに描き続けてはいるが。 齢50となり、残りの人生は短く、私のそばには誰もいない。 一人さみしく朽ち果てるのは、あまりにもやるせない。 思えば、ヒポグリフたちとの出会いは、運命的だった。 妻が去ってすぐ、彼らに出会い多くを経験させてもらった。 初めてばかりで、不安も大きく、緊張の連続で、死がよぎったことも数え切れないけれど、その時にだけ湧き出すヒリヒリした感覚を楽しんでいたのも事実だ。 この8年間は、つまらないと言われた私の人生においては、大変刺激的だった。 かけがえのない人生の一部を、みすみす殺させてやるのか私は。 他人に危害を加える可能性は捨てきれないけれど、誰もヒポグリフの味方をしてやらないのは、不公平だ。 8年間もそばにいた私ぐらい、味方をしてやりたい。 助けてやりたい。 公爵家の所有物であるヒポグリフを逃がせば、良くて罰金、悪ければ禁固刑、気分次第で首が飛ぶ。 逃がしたヒポグリフが人に危害を加えたら、私の立場はなくなるだろう。 でも構わない。 70歳で長命と言われる世界で、平凡な私はあと10年ぐらいしか生きられないだろうから。 ヒポグリフを逃がした後は、どこかの犯罪者のように、派手な逃避行を繰り広げて、散財してみたい。 金だけ残して牢屋に入り死ぬなんて、そんなのは嫌だ。 どうせなら豪遊しまくってる最中に、なだれ込んでくる騎士たちに捕まるぐらいしてみたい。 翌日の新聞の一面を飾ってみたい。 慣れない妄想をしていると、最寄り駅についた。 すぐに列車から降りて家へと駆けた。 いつものように鍵を取り出して、いつものようにノブを回して、いつものように扉が開く、はずだったのだが。 ガンッ――。 扉は閉まったままだった。 そういえばと、朝の列車が思い出される。 戸締まりが心配であったが、やはり忘れていたようだ。
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