飼育員のオッサン、魔物に拐われて画家になる

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私は鍵を差し込んで、今度こそ扉を開けた。 「……はあ?」 間の抜けた声を漏らしながら、我が家に足を踏み入れた。 そこに見慣れた景色はなくて、乱痴気騒ぎでもしたかのような荒れようだった。 「通帳!」 ハッとして、ベッドの下に潜り込み、仰向けになる。 「良かった」 ベッドの下に貼り付く通帳を引っ剥がした。 這い出てすぐ、踏み場のない部屋を歩き回った。 平常の私なら、この景色に絶望していたかもしれないが、私にはもう守るものがない。 どれだけ荒らされようが、何を持ち去られようが……。 辺りを見回していた私は、盗まれそうな金目のものばかりに気を取られ、この部屋にあるはずの大切なガラクタが、根こそぎなくなっていることに気づいた。 今日の朝に仕上げた下絵に始まり、これまで私が描いてきた絵が尽く持ち去られていたのだ。 「……いや、きっとこの下に」 突然冷たくなった指先を、折り重なる書類の束に突っ込んで、かき分けた。 本やテーブル、戸棚やベッドをひっくり返したりもした。 キッチンの戸棚も、鍋の中も確かめた。 絵が、ない。 どこにもない。 「……バカだな。ハハハ」 絵を奪われ、なぜか笑いが込み上げた。 頬を伝う涙に首をかしげながらも、笑いが止まらなかった。 「絵だけを持っていくなんて、変わった奴だ」 幼少期からこれまでを描き続けた、私の思い出が消えた喪失感は計り知れない。 その分怒りも湧いてくるのだが、我先にと喜びが顔を出す。 盗っ人に入られて笑う私は、少しばかり狂ってしまったのかもしれないが、嬉しいものは嬉しいのだ。 盗んでいくということは、価値があると思った、何よりの証拠だろう。 盗っ人は私の絵に、価値を見出したのだ。 たしかに父は、私の絵を褒めてくれたけれど、私の笑顔を見たかったからという不純があった。 元妻なんて、興味すら示さなかった。 私の絵を、純粋に評価してくれたのは、盗っ人だけだ。 「ハハハ!」 寂しいが、嬉しい。 子供が成長して独り立ちするような感覚だろうか。 まだ経験したことはないし、これから経験することもないだろうが。 「ハハハ。ハッハハハ」 涙を拭いながら、腹を抱えていた私は、窓から漏れ聞こえる喧騒に気づいた。 「魔物だッ!逃げろ!」 「騎士を呼べ!」 「冒険者を呼べ!」
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